針の眼 ケン・フォレット / Ken Follett 戸田裕之 文庫本, 東京創元社, 2009/02 |
《ドイツはほぼ完璧に騙されていた――ただヒトラーのみが正しい推測をしていたのだが、彼は自分の勘を信じることをためらった……》
エピグラフ(題辞)には、A・J・P・テイラー著『英国史1914-1945』の一節が引かれている。
第二次大戦中の1944年6月6日、米英連合軍は、「史上最大の作戦」として知られるノルマンディ上陸作戦を決行し、戦局を決定づける成果を収めた。作戦の準備にあたって連合軍は、ドイツ軍に上陸地点がノルマンディではなくパ・ドゥ・カレーであると思い込ませるための大規模かつ周到な偽装作戦を展開した。中でもとりわけ奏功したのは、ドイツ軍から連合軍に寝返った二重スパイたちの存在だった。連合軍は、ドイツ軍が送り込んだスパイをことごとく摘発し、さらにその一部を指揮下に置き、ドイツに偽の情報を送らせていたのである。
と、ここまでは紛れもない史実である。だが一方で、ごく少数ながら、イギリス情報部の捜査の網を掻い潜ったスパイがいたことも知られている。もしその中に、ドイツに真の情報を伝えた者が一人でもいたとしたら……。続きを読む