2009年03月24日

針の眼 / ケン・フォレット [書評]

針の眼針の眼
ケン・フォレット / Ken Follett
戸田裕之

文庫本, 東京創元社, 2009/02

 《ドイツはほぼ完璧に騙されていた――ただヒトラーのみが正しい推測をしていたのだが、彼は自分の勘を信じることをためらった……》

 エピグラフ(題辞)には、A・J・P・テイラー著『英国史1914-1945』の一節が引かれている。

 第二次大戦中の1944年6月6日、米英連合軍は、「史上最大の作戦」として知られるノルマンディ上陸作戦を決行し、戦局を決定づける成果を収めた。作戦の準備にあたって連合軍は、ドイツ軍に上陸地点がノルマンディではなくパ・ドゥ・カレーであると思い込ませるための大規模かつ周到な偽装作戦を展開した。中でもとりわけ奏功したのは、ドイツ軍から連合軍に寝返った二重スパイたちの存在だった。連合軍は、ドイツ軍が送り込んだスパイをことごとく摘発し、さらにその一部を指揮下に置き、ドイツに偽の情報を送らせていたのである。

 と、ここまでは紛れもない史実である。だが一方で、ごく少数ながら、イギリス情報部の捜査の網を掻い潜ったスパイがいたことも知られている。もしその中に、ドイツに真の情報を伝えた者が一人でもいたとしたら……。続きを読む

2009年03月04日

ぼくと1ルピーの神様 / ヴィカス・スワラップ [書評]

ぼくと1ルピーの神様ぼくと1ルピーの神様
ヴィカス・スワラップ / Vikas Swarup
子安亜弥

文庫本, ランダムハウス講談社, 2009/02/20

 映画『スラムドッグ$ミリオネア』の原作(ただし設定やストーリーは、映画とは若干異なる)。

 ムンバイ(旧ボンベイ)のスラム街に暮らす18歳のウェイター、ラム・ムハンマド・トーマスは、クイズ番組に出場し、みごと全問正解、10億ルピーという史上最高額の賞金を獲得する。けれど賞金の支払いをしぶる番組制作会社は、孤児として育ち、ろくに教育も受けていないラムがすべての問題に答えられるはずがない、不正があったに違いないと云いがかりをつけ、ラムを訴える。

 しかし、ラムの全問正解にはちゃんと理由があった。出題された問題は、彼がこれまでの人生において図らずも知り得たことばかりだったのである。ラムは制作会社に買収された警察の拷問を受け、嘘の供述書にサインさせられそうになるが、間一髪、そこに現れた見知らぬ女性弁護士に救い出される。事情が呑み込めないまま弁護士の自宅に保護されたラムは、「幸運の1ルピーコイン」を投げて彼女を信じることに決め、それぞれの難問の答えをどうして知っていたのかを、彼女に語りはじめる。続きを読む
2009年02月11日

女神記 / 桐野夏生 [書評]

女神記女神記
桐野夏生

単行本, 角川グループパブリッシング, 2008/11/29

 世界各地の神話をいまに語りなおそうという「新・世界の神話」プロジェクトに、いよいよ日本の神話が登場した。シリーズの執筆陣に名を連ねている、マーガレット・アトウッド、デイヴィッド・グロスマン、オルハン・パムクといった海外の錚々たる現代作家に伍して、世界に向けて新たな日本の神話を紡ぎだす我が国の語り部は、人気と実力を兼ね備えた当代屈指のストーリーテラー、桐野夏生である。

 古事記に伝えられる日本神話では、イザナキとイザナミとが目合(まぐわ)い、日本の国土とさまざまな神々を産み出す。けれどイザナミは、火の神カグツチを産んだ際に負った火傷がもとで死んでしまう。イザナキは悲しみに打ちひしがれ、イザナミを連れ戻そうと黄泉(よみ)の国におもむくが、その変わり果てた姿を見ると、恐れおののいて地上に逃げかえり、黄泉の国と現世とをつなぐ黄泉比良坂(よもつひらさか)を大岩で塞いでしまう。冥界に閉じ込められたイザナミが、「おまえの国の人間を一日に千人殺してやる」と呪いの言葉を投げつけると、イザナキは「ならば私は一日に千五百の産屋を建てよう」と云い返し、両者は決別する。『女神記』は、こうして神話の表舞台を去り、黄泉の国の女神となったイザナミの物語である。続きを読む
2009年02月07日

「書評の鉄人列伝」で取り上げていただきました [雑記帖]

オンライン書店ビーケーワン

 昨日、オンライン書店ビーケーワン「書評の鉄人列伝」で取り上げていただきました。「列伝」経由でお越しいただいた皆さん、はじめまして。また「列伝」をご存じない方は、一度のぞいてみていただけると、もれなく佐吉が喜びます。

 「列伝」で紹介していただけるというメールが届いたのは、今から2週間ほど前。ちょうどビーケーワンに30本目の書評を投稿した直後のことでした。「列伝」で取り上げていただくには、「○○さんの書評一覧」の1ページ目が埋まる30本以上の投稿が必要だということは以前から知っていましたが、まさかいきなり来るとは思っていなかったので、ちょっと面食らいました。

 コメントと自己紹介はそれを受けて考えたものですが、普段書評を書くうえでの心づもり……なんていうほど大袈裟なものじゃないけど、常々あたまの隅っこに置いていることを、どうにかあのスペースに収めようとしたら、あんな云い方になってしまった、という次第です。あらためて読み返してみると、ちょっとキザだったかもしれませんね(汗)。まあ、所詮どこの馬の骨ともわからない素人書評子のたわごと。笑って聞き流してやってください。続きを読む
2009年02月06日

死者の短剣 惑わし / ロイス・マクマスター・ビジョルド [書評]

死者の短剣 惑わし死者の短剣 惑わし
ロイス・マクマスター・ビジョルド / Lois McMaster Bujold
小木曽絢子

文庫本, 東京創元社, 2008/12

 傷心を抱えて家を飛び出し、繁華な街を目指してひとり街道を歩いていた〈地の民〉の娘フォーンは、途中立ち寄った農家で〈湖の民〉の警邏隊を見かけた。

 この地に暮らす二つの種族、〈地の民〉と〈湖の民〉。〈湖の民〉には、〈地の民〉にはない特殊な能力があり、彼らはその能力を活かして、〈枯死の魔物〉と呼ばれる悪鬼とその手下である泥びとから人々を守るべく、常に各地を見回っている。けれど〈地の民〉の中には、そんな謎多き〈湖の民〉を、「魔法使い」と呼んで怖れたり忌み嫌ったりする者もいた。フォーンもまた何とはなしに彼らに近寄りがたさを覚え、じっと身を潜めていた。

 あくる日、逃走した泥びとを追って馬を駆っていた〈湖の民〉の警邏員ダグは、谷間にこだまする叫び声を耳にした。悪鬼や泥びとなど子供だましの作り話にすぎないと思っていたフォーンが、近寄ってくる男たちがそれとは気付かず、彼らに拉致されてしまったのだ。続きを読む
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がない ブログに表示されております。