2005年03月25日

灰色の輝ける贈り物 / アリステア・マクラウド [書評]

灰色の輝ける贈り物灰色の輝ける贈り物
アリステア・マクラウド / Alistair MacLeod
中野恵津子

単行本, 新潮社, 2002/11

 デビュー以来31年間で発表した作品がわずかに短編16編という、カナダの「知られざる偉大な作家」アリステア・マクラウド。カナダ国内でさえ知る人ぞ識る存在だった彼は、1999年に上梓した初の長編『No Great Mischief(邦題「彼方なる歌に耳を澄ませよ」)』によって広く知られるところとなり、その後、その16編を年代順に収録した短編集『Island』が刊行された。本書には、そのうちの前半8編が収められている。

 作品のほとんどは、彼の育ったケープ・ブレトン島を舞台にしている。『赤毛のアン』で有名なプリンス・エドワード島の東に位置する島である。美しい自然に囲まれ、「世界で一番眺望の美しい島」と評される一方、冬には雪と氷に閉ざされる極寒の土地でもある。住民の多くはスコットランドからの移民の子孫で、ゲール語に代表されるケルト文化を伝承しつつ、永く漁業と採炭と畜産とによって生活を営んできた。続きを読む
2005年03月22日

博士の愛した数式 / 小川洋子 [書評]

博士の愛した数式博士の愛した数式
小川洋子

単行本, 新潮社, 2003/08/28

 数学の世界にのみ生き、その記憶は80分しかもたない、しかし子供に対しては手放しの愛情を示す元大学教師の「博士」。そこには人間のおよそもっとも純粋で無垢な姿がある。家政婦である「私」は、「博士」の奇行に戸惑いながらも、その内奥に広がる世界に惹かれてゆく。が、「博士」にとってのそれは、純粋であると同時にそこから永久に抜け出すことのできない深遠な闇でもあり、そこには、余人には決して足を踏み入れることのできない領域がある。

 シングルマザーである「私」は、やがて、もう一つの無垢な存在である息子「ルート」を介して「博士」とより親密になり、その世界をさらに強く感じてゆく。少年の無垢さはもっとも身近で明確な手触りのある無垢さである。周到に外界から隔絶された場所で、三人だけの幸せな時間が「静かに」流れてゆく。しかしそれはとても危ういものでもある。物語は読者に、その世界がやがて破綻するだろうという予感を抱かせ、果たしていくつかの小さな波乱が訪れる。続きを読む
2005年03月17日

増山たづ子 徳山村写真全記録 / 増山たづ子 [書評]

増山たづ子 徳山村写真全記録増山たづ子 徳山村写真全記録
増山たづ子

単行本, 影書房, 1997/07

 増山たづ子さんは、1917年(大正6年)、岐阜県徳山村(現揖斐川町)に生まれた。揖斐川の上流、岐阜と福井の県境に位置する山間の小さな村だ。たづ子さんは同じ村の増山徳次郎さんと結婚し、一女一男をもうけるが、のちに徳次郎さんは第二次大戦に出征し、戦地で行方不明となる。終戦後、行方不明者は戦死扱いとされたが、徳次郎さんの消息はようとして知れず、その遺骨がたづ子さんのもとへ戻ることはなかった。たづ子さんは徳山村で農業のかたわら民宿を営みながら、夫の帰りを信じ、待ち続けた。

 やがて、その小さな村がダムの底に沈むことが決まった。当時61歳のたづ子さんは、いつか帰ってくるであろう夫のため、徳山村の姿を残しておこうとカメラ屋に駆け込んだ。「イラ(私)でも写せる写真機を」と云うたづ子さんに店主が差し出したのは、折しも発売されたばかりのピッカリコニカだった。以来たづ子さんは、自然、人々、風習、行事、日々の暮らし……とにかくありとあらゆる村の光景をフィルムに収めていった。その数、実に7万枚に及ぶ。続きを読む
2005年03月15日

奇跡も語る者がいなければ / ジョン・マグレガー [書評]

奇跡も語る者がいなければ奇跡も語る者がいなければ
ジョン・マグレガー / Jon McGregor
真野泰

単行本, 新潮社, 2004/11/25

 誰にも永久に記憶にとどめておきたいと思う瞬間がある。いや、何も特別な瞬間でなくとも、日常のふとした出来事がとても大切なものに思えることがある。もちろんそれらは、世界に伝えられるわけでもなく歴史に残るわけでもない。それどころか、誰かに話しても一笑に付されるだけかもしれない。しかしそれでも本人にとって、そうした瞬間は疑いようもないほど確実に存在する。人はそれを何らかの意味を持つものと考えることができるし、また実際、そうなのかもしれない。

 イギリスの新鋭ジョン・マグレガーのデビュー作となるこの作品は、日常の何気ない一瞬一瞬が、それぞれにとってそれぞれの意味を持つかけがえのない瞬間であり得ること、この世界がそんな瞬間に満ち満ちていること、そして、それらがどこかで互いにつながっているかもしれないということを、みずみずしい筆致で描いている。続きを読む
2005年03月11日

若かった日々 / レベッカ・ブラウン [書評]

若かった日々若かった日々
レベッカ・ブラウン / Rebecca Brown
柴田元幸

単行本, マガジンハウス, 2004/10/21

 レベッカ・ブラウンの自伝的連作短編集。レベッカ・ブラウンの文章は、その言葉も文体もシンプルでストレートだ。気負った言葉で語気を強めたり、意外な言い回しで読者の意表をついたりということをしない。しかしレベッカ・ブラウンは、そうした文章によって、人間の心の奥深い部分をくっきりと浮かび上がらせる作家である。

 誰もが幼い頃には今とは違った世界を見ていた。この作品は、彼女の幼年時代から思春期を経て、成人し両親を亡くすまでのさまざまな体験を描き、それらを通して彼女自身の目に写った世界を描いている。それは読者自身がじかに体験しているかのようにリアルで、ときに恐ろしいまでに鮮明だ。そしてその視線の奥に、過ぎ去った日々を懐かしむのでなく、むしろ、現在の自分を見つめ直す視線が感じられる。続きを読む
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