2005年06月28日

不肖・宮嶋青春記 / 宮嶋茂樹 [読書日記]

不肖・宮嶋青春記不肖・宮嶋青春記
宮嶋茂樹

単行本, ワック, 2005/03

 宮嶋茂樹の『不肖・宮嶋青春記』を読み終える。不肖・宮嶋こと報道カメラマン宮嶋茂樹が、自らの少年時代から日芸写真学科、フライデー専属カメラマンを経てフリーになるまでの半生を語った一冊。

 紹介されているエピソードの大半は、既刊『不肖・宮嶋 踊る大取材線』とダブっている。それでいて、「語り下し」という設定のためか、文体は「です・ます」調になっていて、ファンにはお馴染みの宮嶋節はややトーン・ダウンしている。前作では取り上げられなかった話題もなくはないのだが、二段組で約400ページもあった前作に比べ、文章の量はかなり少なくなっていて、一つひとつのエピソードが大分あっさり扱われている印象を受ける。続きを読む
2005年06月18日

肩甲骨は翼のなごり / デイヴィッド・アーモンド [読書日記]

肩胛骨は翼のなごり肩胛骨は翼のなごり
デイヴィッド・アーモンド / David Almond
山田順子

単行本, 東京創元社, 2000/09

 『火を喰う者たち』を読み終えた。思わぬ収穫だった。きっとどこにでもある少年の日常を綴っているだけなのに、一つひとつのシーンが力強く読む者の心を揺さぶる。佐吉にとっては久々の、文句なしに星五つの作品だった。いずれここにもレビューを載せようと思う。

 さて、今日もまた何冊か本を仕入れてきた。ただし、以前から買うつもりだったものばかりで、今日初めてその存在を知ったものはない。続きを読む
2005年06月14日

火を喰う者たち / デイヴィッド・アーモンド [読書日記]

火を喰う者たち火を喰う者たち
デイヴィッド・アーモンド / David Almond
金原瑞人

単行本, 河出書房新社, 2005/01/14

 今日はK駅ビルのB書店に立ち寄った。河出書房奇想コレクションの新刊、シオドア・スタージョンの『輝く断片』が平積みされていたが、今日のところはひとまず見送る。その代わりに、というわけではないが、手に取ったのは同じ河出書房のデイヴィッド・アーモンド『火を喰う者たち』だった。

 著者のデイヴィッド・アーモンドは初めて聞く名前だ。訳者あとがきによれば、作品は決して多くはなく、また、そのいずれも英語圏でベストセラーになっているというわけでもない。が、そのことごとくが翻訳され、日本で出版されているという。『火を喰う者たち』はそんな彼の最新作だ。表紙には、天に向かって巨大な炎を吐き出している男の姿が描かれている。実を言えば、佐吉がこの本に惹かれたのは、この表紙に負うところが大きい。続きを読む
2005年06月13日

ペルセポリス / マルジャン・サトラピ [読書日記]

ペルセポリス I イランの少女マルジペルセポリス I イランの少女マルジ
マルジャン・サトラピ / Marjane Satrapi
園田恵子

単行本, バジリコ, 2005/06/13

 レビューだけでは間がもたない(?)ので、日記めいたことも書いてみることにした(笑)。

 仕事の帰り、いつものK書店に立ち寄る。いきおい向かうのは外国文学のコーナー。周囲の他の本とは異彩を放つ二冊の本が、小さなポップと共に平積みしてあるのが目に留まった。一冊は赤い表紙に青の帯。もう一冊は青の表紙に赤の帯。いずれも『ペルセポリス』というタイトルで、マグナエ (頭から肩のあたりまでを覆う短いヴェール) を被ったイスラム人の女の子の絵が描かれている。

 バジリコという聞き慣れない出版社から出されたこの本はコミックだった。折しも今日発売されたものらしい。それにしても、なんとも不思議な印象の本だ。版画を思わせるような黒の多いページ。絵のタッチは素朴なのだが、いくつかショッキングな場面も描かれている。これをどう解釈したら良いのか……。続きを読む
2005年06月06日

ナターシャ / デイヴィッド・ベズモーズギス [書評]

ナターシャナターシャ
デイヴィッド・ベズモーズギス / David Bezmozgis
小竹由美子

単行本, 新潮社, 2005/04/01

 デイヴィッド・ベズモーズギスは、1973年、旧ソ連時代のラトヴィアにユダヤ人の子として生まれ、6歳のときに両親とともにカナダに亡命している。バルト海に臨む小国ラトヴィアでは、第二次大戦中のナチス・ドイツの占領下で、またその後再併合されたスターリン政権下のソ連で、多くのユダヤ人が迫害を受けてきた。この作品は、そんなベズモーズギス自身の家族をモデルに、カナダに暮らす移民家族の生活を、息子の視点で描いた自伝的連作短編集である。

 主人公マークの父親は、故国では上量挙げソヴィエト代表のコーチとして特権階級にあった。しかしその一切を捨て、言葉さえ通じない国で生活を一から築いていこうとする彼とその家族は、移民先のカナダでいきおい苦しい生活を強いられ、加えて移民であるがゆえのさまざまな痛みや哀しみ、怒りや屈辱を経験する。いずれの作品にも、マークの家族とともに、彼ら以外のユダヤ系の人びとあるいはソ連の人びとが描かれていて、そこに、一家族の物語に留まらない、ユダヤ人としての、あるいはロシア系移民としての哀しみが浮かび上がってくる。

 しかしベズモーズギスの筆致は、それを声高に訴えるのでなく、そんな家族の生活の印象的な断片を切り取り、それを物静かに提示するだけである。またこの物語は、家族の物語であると同時に、マークの成長を描いた物語でもある。少年が子供から大人へと成長してゆく過程で体験するさまざまな痛みもまた、そこに鮮明に描かれている。続きを読む
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。