2008年06月27日

スカイシティの秘密 / ジェイ・エイモリー [書評]

スカイシティの秘密−翼のない少年アズの冒険スカイシティの秘密−翼のない少年アズの冒険
ジェイ・エイモリー / Jay Amory
金原 瑞人, 圷香織

文庫本, 東京創元社, 2008/06

 未曾有の大災害によって地表はすべて汚染され、生き残った人々は地上を捨て、上空数千メートルの雲の上に、巨大な柱によって支えられたスカイシティと呼ばれる都市郡を建設した。そしてそこに暮らす人々は、やがて天使のような翼を持ち、自由に空を飛べる天空人(エアボーン)へと進化していった。

 平和で豊かな天空人の暮らし。しかしそれは、見捨てたはずの大地から供給される資源や燃料によって支えられていた。けれど満ち足りた生活に慣れてしまった天空人たちのほとんどは、いつしかそれらが機械によって自動的に運ばれてくるものと思うようになっていた。

 そんな矢先、何者かの妨害によって物資の供給が滞り始めた。放っておけばスカイシティの存亡にも関わりかねない危急の事態だ。地上でいったい何が起きているのか。スカイシティの統治者にそれを調査すべく選ばれたのは、天空人でありながら生まれつき翼を持たない少年アズだった。生来社会的弱者として扱われてきたアズの身体的特徴が、すでに絶滅したとされている地上人(グラウンドリング)に酷似しているというのがその理由だった。そうしてアズは、天空人の誰一人降り立ったことのない地上に向かうエレベーターに乗り込んだ……。続きを読む
2008年06月21日

目くらましの道 / ヘニング・マンケル [書評]

目くらましの道 上目くらましの道 上
ヘニング・マンケル / Henning Mankell
柳沢由美子

文庫本, 東京創元社, 2007/02/10

 背骨や頭部を斧で叩き割り、さらに被害者の頭皮を剥ぎ取るという、常軌を逸した連続殺人事件。その犯人がわずか14歳の少年だとしたら、それはかなりショッキングな結末と云えるだろう。しかしこの作品では、そのことがはじめから読者に明かされている。物語の冒頭、最初の殺害の場面が、犯人と被害者の視点で描かれるのである。舞台はスウェーデン南部の小都市イースタ。少年は自宅の地下室で、神聖な儀式と入念な化粧によってアメリカ先住民に「変身」すると、フルフェイスのヘルメットに顔を包み、モペットで現場に向かう。そして周到に準備された「任務」を、淡々と「遂行」するのである。

 このように最初に犯人の側から犯行の様子を描き、その後、捜査陣が真相を究明する過程を綴ってゆく推理小説の形式は、一般に「倒叙(とうじょ)」と呼ばれ、マンケルの得意とする手法の一つである。マンケルは、サイコスリラーさながらの身の毛もよだつ殺害シーンの描写によって、読者をいきなり物語世界に引きずり込み、同時に犯人の異常な性格を強烈に印象づける。少年はなぜそんな犯行を重ねるのか、捜査陣はどうやってこの思いも寄らない結論に辿り着くのか。そう思った瞬間、読者はマンケルの術中にはまっている。あとは彼の巧みなストーリーテリングに導かれるまま、最後まで一気にページを繰り続けるしかない。続きを読む
2008年06月11日

タンゴステップ / ヘニング・マンケル [書評]

タンゴステップ 上タンゴステップ 上
ヘニング・マンケル / Henning Mankell
柳沢由実子

文庫本, 東京創元社, 2008/05/23

 ヘニング・マンケルは、一見冴えない中年刑事クルト・ヴァランダーを主人公にした警察小説のシリーズで知られる、スウェーデンの国民的作家である。ヴァランダー・シリーズは当初からスウェーデン国内及び北欧で高い評価を受けていたが、2001年、5作目の『目くらましの道』がCWA(英国推理作家協会)ゴールドダガー賞を受賞すると、一躍ヨーロッパ全土に浸透し、各国でのマンケルの人気を不動のものとした。ヴァランダー・シリーズはこれまでに35ヶ国で紹介され、累計2000万部以上の売り上げを記録しているという。

 本書は、そのヴァランダー・シリーズが一応の完結をみたあとに書かれた、シリーズ外の長編ミステリである。老境にさしかかったヴァランダーに代わって登場するのは、37歳独身の警察官ステファン・リンドマン。しかし、さまざまな悩みや弱さを抱えた主人公が、思いがけず不可解な事件に巻き込まれ、その背後に潜む巨悪に立ち向かうという、マンケルならではの物語の構図は、ヴァランダー・シリーズと変わらない。また犯罪捜査の過程を通して、等身大の個人の苦悩を描き、同時にスウェーデン社会の暗部を鮮やかに切り取ってみせる彼の手腕も健在である。続きを読む
2008年06月01日

変愛小説集 / 岸本佐知子編訳 [書評]

変愛小説集変愛小説集
岸本佐知子編訳

単行本, 講談社, 2008/05/08

 柴田元幸の最新エッセイ集『それは私です』に、『自動翻訳のあけぼの』と題した文章がある。翻訳ソフトが長足の進歩を遂げ、ついにはさまざまな翻訳者のスタイルを再現できるソフトが登場するという妄想を描いた、SFショートショート仕立ての文章なのだが、そのなかに思わず吹きだしそうになる一節がある。

 文中で、その画期的なソフトはユーザーから熱烈に歓迎され、驚異的な売り上げを記録する。しかしやがて、ある思いもよらない事件を引き起こす。
 昨年の夏、ディケンズの『オリヴァー・トゥイスト』の岸本佐知子訳を「新・訳太郎 Ver 4」で作成し、そのプリントアウトをホテルのプールサイドでのんびり読んでいた四十三歳の男性が、突然、無数の機関車が走っている幻覚に襲われたのである。(中略)男性は病院に収容され、一時は生命すら危ぶまれたが、どうにか回復すると、「岸本訳ディケンズを読んでいるうちに胸が苦しくなって幻覚が見えた」と、翻訳と症状のつながりを異様に強調した。
 柴田の文章ではさらに、『「せめて鴻巣友季子訳にしていれば」といった翻訳ソフト評論家の間抜けなコメント』なども登場して、翻訳文学ファンの楽屋落ち的な笑いを誘う。しかしこれは、決して岸本の訳が奇妙奇天烈だということではない。この一節に妙なリアリティがあるのは、この人気翻訳家の訳書には、「小説とはこういうもの」という既成概念を覆すような、破天荒な作品ばかりが並んでいるからである。続きを読む
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