2008年10月22日

金春屋ゴメス / 西條奈加 [書評]

金春屋ゴメス金春屋ゴメス
西條奈加

文庫本, 集英社, 2008/09/30

 時代小説や時代劇は、いつの世にも多くの日本人に愛されてきた。しかし云うまでもなく、現在、実際にその時代を体験した人はいない。ならば、たとえば江戸を舞台にした作品であれば、現代人がそこに感じるリアリティの拠り所は、かつて現実に存在した江戸ではなく、現代人が思い描くイメージとしての江戸だと云えるだろう。極端な話、歴史上の事実からは大きく乖離していても、現代人にとってはむしろそのほうがリアルに感じられる、という事柄さえあるかもしれない。

 そのように、歴史上の事実としての江戸を下敷きに、現代人に向けて江戸のイメージを創出したものが通常の時代小説だとすれば、この小説は、イメージとしての江戸を背景に、まったくの異世界を構築した作品と云うことができる。そしてまさにそのことが、この異色作がファンタジーたる所以であり、この作品の最大の魅力である。続きを読む
2008年10月10日

こんな話を聞いた / 阿刀田高 [書評]

こんな話を聞いたこんな話を聞いた
阿刀田高

文庫本, 新潮社, 2007/08

 すべてが「こんな話を聞いた。」という一文で始まる、18のショートストーリーを収めた短編集。いずれもくだんの書き出しに続いて、ときに怪談めいた、またときに寓話のような、なんとも奇妙なエピソードがみじかく紹介され、それに続いて本編が綴られてゆく。

 それぞれの話の舞台はしかし、そんな逸話とは何の関係もなさそうな、ありふれた日常の風景だ。登場する人物も皆ごく普通の人たち。けれど決して紋切り型というのではない。登場人物の一人ひとりが実に丁寧に造形されていて、彼らの背後にそれぞれが歩んできた人生さえほの見える。簡潔で的確な描写によって、特別ではないがユニークな存在としての彼らがすっと脳裏に像を結ぶ。冒頭の逸話の余韻を残したまま、そうしてさりげなく始まるリアルな物語に、白昼夢からふと現実に引き戻されたような感覚を覚える。続きを読む
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