2008年06月27日

スカイシティの秘密 / ジェイ・エイモリー [書評]

スカイシティの秘密−翼のない少年アズの冒険スカイシティの秘密−翼のない少年アズの冒険
ジェイ・エイモリー / Jay Amory
金原 瑞人, 圷香織

文庫本, 東京創元社, 2008/06

 未曾有の大災害によって地表はすべて汚染され、生き残った人々は地上を捨て、上空数千メートルの雲の上に、巨大な柱によって支えられたスカイシティと呼ばれる都市郡を建設した。そしてそこに暮らす人々は、やがて天使のような翼を持ち、自由に空を飛べる天空人(エアボーン)へと進化していった。

 平和で豊かな天空人の暮らし。しかしそれは、見捨てたはずの大地から供給される資源や燃料によって支えられていた。けれど満ち足りた生活に慣れてしまった天空人たちのほとんどは、いつしかそれらが機械によって自動的に運ばれてくるものと思うようになっていた。

 そんな矢先、何者かの妨害によって物資の供給が滞り始めた。放っておけばスカイシティの存亡にも関わりかねない危急の事態だ。地上でいったい何が起きているのか。スカイシティの統治者にそれを調査すべく選ばれたのは、天空人でありながら生まれつき翼を持たない少年アズだった。生来社会的弱者として扱われてきたアズの身体的特徴が、すでに絶滅したとされている地上人(グラウンドリング)に酷似しているというのがその理由だった。そうしてアズは、天空人の誰一人降り立ったことのない地上に向かうエレベーターに乗り込んだ……。

 と、導入部をざっと紹介しただけでも、この作品がとてもわかりやすいメタファーで構成された、寓意に満ちた物語であることがうかがえるだろう。ご想像どおり、地上人は絶滅などしておらず、地上に降りたアズは、そこでさまざまな人間のさまざまな思惑が交錯する騒動に巻き込まれる。聖職者に侵入者として追われ、かと思えば巨大化したねずみのような動物に襲われ、キャタピラで動く重量50トンもの大型探索機とトラックによるカー(?)チェイスがあり、重要拠点をめぐっての攻防があり、善玉と悪役との一騎討ちがあり……と、あまりネタバレになってもいけないのでこれくらいにしておくが、とにかく冒険活劇の要素がてんこ盛りで、本書は、テンポの良い展開とも相まって400ページ余りの物語を一気に読ませる。

 もっとも、本書はヤングアダルト作品というよりジュブナイルに近く、純粋に小説として楽しもうという大人の読者には、きっと物足りないと感じられることだろう。人物造形や物語世界には厚みがなく、展開にもやや一本調子なところがある。しかしちょっと見方を変えて、これをアニメ映画の原作と仮定してみると、本作は俄然面白みを増してくる。実を云うと評者は、この作品を読みながらずっと、いわゆる宮崎アニメの絵柄でそれぞれの場面を思い描いていた。するとこれが驚くほどぴたりとはまるのである。

 はらはらどきどきの活劇シーンはもとより、神々の住む天上界を思わせるスカイシティの風景、対照的に薄暗く雑然とした地上の様子、そしてそこに住む貧しくも力強く生きる生活者たち、見るからに気のよさそうなアズの仲間たちに、逆にその容姿にさえ高慢さと悪意がにじみ出ている悪役たち。また登場人物の一人と見紛うばかりに活躍するくだんの探索機や、どこかスチームパンクを連想させるレトロな機械設備など、意匠のことごとくが宮崎アニメ的なイメージを喚起してやまない。人物造形や物語世界があっさりしていることも、アニメ映画の原作として見た場合には、むしろプラスに作用するのではないかとさえ思えてくる。

 強いてスタジオジブリでとは云わないが、この作品がすぐれた監督と演出家の手によってアニメ化されたなら、きっと難しい話は抜きにして2時間たっぷり楽しませてくれる痛快な冒険映画になることだろう。そういう見方をすれば、本書もなかなかどうして捨てたものではない。

 なお、以下は余談だが、この物語では、天空人たちの多くに、聖書の正典や偽典に登場する天使の名があてられている。主人公アズの父ガブリエル(Gabriel)と兄ミカエル(Michael)は、いずれもキリスト教・ユダヤ教の四大天使の名だし、アズの本名アザレルは"Azrael"と綴り、これは一般に「アズラエル」と呼ばれる、ユダヤ教・イスラム教において死をつかさどる天使の名である。

 評者はこうした方面の知識に疎く、それゆえあまりわかったようなことは云えないのだが、こうしてみるとこの物語は、そのような天使についての聖典や伝承を、多少なりとも下敷きにしているのではないかと勘繰ることができる。少なくとも、それらを知っている欧米の読者には、こうした名前の付け方は、登場人物それぞれに対して、はじめから何かしらのイメージを抱かせることになるとみて間違いないだろう。

 ただしそう考えた場合、ひとつ腑に落ちない点がある。というのは、評者には、この物語の主人公アズからは、上に挙げたアズラエルよりむしろ、同じくアズと略称される堕天使アザゼルの姿が連想されるのである。

 アザゼル(Azazel)は、もともと位は低いが積極的な天使で、悪行を重ねる下界の人間たちを監視するため地上に派遣された天使団のリーダーだった。しかし彼は、そこで人間の妻をめとってしまい、さらには禁じられていた天上の知識を人間たちに授けてしまう。やがてそのことが神の逆鱗に触れ、ノアの方舟で知られる大洪水の引き金となり、アザゼルは永久に洞窟に幽閉される。

 もちろん評者の無知ゆえの誤読・深読みである可能性は大いに認めるところだが、それでも評者には、主人公アズと堕天使アザゼルとに、どこか重なり合うところがあるように思えてならない。はたしてアズは、アズラエルなのかアザゼルなのか。本作では脇役たちの活躍ばかりが目立ち、肝心のアズからはおよそ主人公らしい存在感が伝わってこなかったが、本書はシリーズものの第一作であると聞いている。本書の続編以降に、アズ自身の存在意義が問われる展開があるのではないかと、評者は内心ちょっと期待している。

The Fledging of Az Gabrielson: The Clouded World Series Book One (The Clouded World)The Fledging of Az Gabrielson:
The Clouded World Series Book One (The Clouded World)

Jay Amory

ハードカバー, Orion, 2006/08

※ 本書は「本が好き!」を通じて献本していただきました。

関連(するかもしれない)書籍

この記事へのコメント


コメントを書く
お名前: [必須]

メールアドレス:

ホームページURL:

コメント: [必須]



この記事へのトラックバック


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。