2008年07月10日

冬そして夜 / S. J. ローザン [書評]

冬そして夜冬そして夜
S. J. ローザン / S. J. Rozan
直良和美

文庫本, 東京創元社, 2008/06

 11月の深夜、突然の電話に私立探偵ビルは不吉な夢から現実に呼び戻された。電話はニューヨーク市警からで、窃盗の容疑で逮捕された少年が、彼の知り合いだと話しているという。警察署に赴いてみると、そこには妹ヘレンの息子ゲイリーがいた。今年15歳になる彼は、面立ちが若い頃のビルにそっくりだ。もっともビルは、妹の夫と折り合いが悪く、妹一家とはずっと疎遠で、彼らがどこに住んでいるのかさえ知らなかった。

 ともあれ甥との思わぬ再会を果たしたビルは、保護者としてゲイリーを自宅に連れ帰る。ハイスクールでアメフトをやっているという甥に、ビルは温かい食事を与え、穏やかな口調で家出の理由を尋ねる。しかしゲイリーは、「やらなければならないことがある」と答えるばかりで、さっぱり要を得ない。のみならず彼は、ビルが目を離した隙に寝室の窓を破って逃げてしまう。

 ほどなく妹一家の住所を突き止めたビルは、ゲイリーの行方を追う手掛かりを探すため、ハドソン川を隔ててニューヨークに隣接する閑静な住宅街、ニュージャージー州ワレンズタウンへ向かった。だがヘレンにも家出の理由は知らされておらず、夫のスコットは捜査を依頼するどころか、ビルに罵詈雑言を浴びせかける。けれどビルは、ゲイリーが自分を頼ってきたことを拠り所に、独自に捜査を始める。そうしてゲイリーのかつてのガールフレンドを訪ねた彼は、めちゃくちゃに荒らされた少女の家で、彼女の死体を発見する……。

 本書は、ニューヨークに住む中国人女性リディア・チンと、アイルランド系アメリカ人男性ビル・スミスの二人の私立探偵が、交互に主役を務める「リディア&ビル」シリーズの8作目に当たる。ビルが語り手となる本作は、かのMWA(アメリカ探偵作家クラブ)最優秀長編賞を受賞した、同シリーズの白眉ともいうべき作品である。だがミステリとしての謎解きの妙もさることながら、「リディア&ビル」シリーズの最大の魅力は、なんと云っても、それぞれに強烈な個性を持ったこの二人の主人公にある。

 チャイナタウンに生まれ育ったリディアは、小柄な体格に似合わず空手の心得もあるコケティッシュな美女で、曲がったことが大嫌いな性格だが、母親や兄たちは、彼女が探偵という職業に就いていることをあまりこころよく思っていない。一方、中年で離婚歴のあるビル・スミスは、大柄な体躯を持つタフガイで、若い頃にはずいぶん無茶をして、何度か警察の厄介になったこともあるが、反面、クラシック音楽を愛し、ピアノの演奏を趣味とするなど、ナイーヴな側面を持っている。

 そんな対照的な二人が、互いに惹かれあいながらも、あくまでパートナーとしての微妙な距離を保ちつつ、毎回絶妙なコンビネーションで難事件を解決してゆく。作中に何度となく描かれる二人の会話には、アイロニーの効いた洒落たやりとりがふんだんに散りばめられていて、それだけでも読んでいて愉しい。ほどよく気障な地の文とも相まって、「リディア&ビル」シリーズは、ハードボイルド・ディテクティブ・ストーリーの醍醐味を存分に味わわせてくれる。

 さて、本作の舞台となるワレンズタウンはアメフトの盛んな町で、ハイスクールには「ジョック」と呼ばれるスポーツ部員、とりわけアメフト部員を頂点とするヒエラルキーが存在している。彼らは校内で絶対的な権力を持つ支配者であると同時に、町の誇りとして大人たちからも英雄視され、たとえ彼らがいじめや軽犯罪を犯そうとも、それを咎めるものはいない。

 保守的な郊外文化の染みついたワレンズタウンでは、そのような体質が伝統的に根強く、ビルはやがて、以前にも、彼が遭遇したのとよく似た、やはりアメフト部員が関係した事件があったことを知る。そしてさらに、23年前に起きたその事件と、ビルが目撃した少女の死体、そしてゲイリーの失踪との間に、ある接点があることに気付く。

 日本人読者には、ともすれば荒唐無稽な設定とも思えるかもしれない。評者自身、思わず、日本の推理小説にしばしば見られる、独自の奇怪な風習や信仰を持ち、周囲から孤立した村や島を舞台に展開する作品を連想したほどだ。しかしこのように、アメリカの地方都市において、住民が地元のハイスクールのアメフトチームに寄せる過剰な期待は、決して絵空事ではない。このような歪んだヒエラルキーは、アメリカの学校社会に深く根差していて、自分の子がジョックに属することを良しとするなど、知らず識らずそうした傾向を助長している周囲の大人たちとともに、アメリカ社会の悪しき象徴の一つとして、小説やドラマ、映画などの題材にしばしば取り上げられている。

 1999年にコロラド州コロンバイン高校で発生した銃乱射事件にも、やはりそのような背景があった。アメリカ全土を震撼させたこの事件は、日頃ジョックたちによるいじめを受けていた二人の生徒が、鬱積した怨念を暴力によって爆発させたものだった。事件は、それを題材にしたドキュメンタリー映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』(監督:マイケル・ムーア)が作られるなど、全米でさまざまな波紋を呼んだ。本書もまたその事件に触発されて書かれた作品の一つであることは想像に難くない。

 しかしローザンの筆致には、そうした問題を傍観者の立場で糾弾するような、ある意味無責任な色調は微塵も感じられない。本作にはむしろ、それを、大人たちをも含めた地域社会全体に巣食うものと捉え、自分たちの問題として正面から対峙しようという姿勢が見て取れる。そしてその根底にあるのは、身近な人びとを思いやる真摯な気持ちである。

 ハードボイルド・ミステリとしての妙味はお墨付き。加えてアメリカ社会の負の側面を克明に描き出し、それでいて悲観的でも煽情的でもない。本書に描かれた事件には、読者の誰もがやるせなさを覚えるだろうが、そのむこうには小さな光がほの見える。本書は、MWA最優秀長編賞に相応しい、実に読み応えのある一冊である。

Winter and NightWinter and Night
S. J. Rozan

マスマーケット, St Martins Mass Market Paper, 2003/04/14

※ 本書は「本が好き!」を通じて献本していただきました。

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この記事へのコメント

「プリオシン海岸」なんて響きのいいすてきな言葉でしょう。
佐吉さん賢治先生が好きなのですね。私も好きです。
昭和64年から「宮澤賢治のことを考える会」をつくり、現在は7人で活動しています。
活動を始めたころ「銀河鉄道の夜」幻灯会をして市民の方から見ていただいたことがあります。私はジョバンニ役をしました。
20年前、少年の声を出すのに苦労して車の中で練習したのを思い出しました。
「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている」カンパネルラの声が聞こえてくるようです。
日塔貞子のことにコメントありがとうございました。遅くなりましたが、私も書き込みましたのでご覧になってください。

Posted by REI at 2008年07月12日 02:17
コメントありがとうございます。

(更新は少ないものの)このブログを始めて3年が経ちますが、タイトルに言及していただいたのは、これが初めてかと思います。おっしゃるとおり、佐吉は賢治の作品に強く惹かれていて、このブログ以前にも、やはり賢治の作品からタイトルをとったサイトを開いていました。

賢治生誕100年の1996年前後、それを記念したイベントがいくつも催され、当時は何度となく花巻や盛岡に足を運んだものでした。「宮澤賢治のことを考える会」、とても素敵ですね。そうした形で作品に接することによって、きっと活字を通して触れるのとは違う発見があるのではないかと想像します。佐吉も陰ながら活動を応援しています。

Posted by 佐吉 at 2008年07月13日 23:30

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