2008年09月01日

左対右 きき手大研究 / 八田武志 [書評]

左対右 きき手大研究左対右 きき手大研究
八田武志

単行本, 化学同人, 2008/07/20

 古来、左ききについてはさまざまな俗説が唱えられてきた。曰く、左ききには天才が多い、左ききは短命である、左ききは音楽の才能に優れる、左ききには同性愛者が多い……。たしかに野球などいくつかのスポーツにおいて、左ききが有利とされるのは素人考えにも納得がいくが、こうした俗説一つひとつについてはどうなのだろう。それぞれにどの程度正しいと云えるのだろう。

 またこうして考えてみると、そもそもなぜきき手なるものが存在するのかという疑問も湧いてくる。きき手はいつどのようにして決まるのか、なぜ右ききが多いのか、きき手を矯正するのは良いことなのか、きき手は人間にだけあるのか……。身近な現象でありながら、いや、むしろ身近であるがゆえ(右ききである評者は)ことさら意識したこともなかったが、あらためて振り返ってみると、我々はきき手について、はっきりこうだと云えるような知見をほとんど持っていないことに気付く。

 本書は、そうしたきき手に関する謎や疑問に対して、現在どのような科学的アプローチがなされ、どのようなことがわかっているかを紹介した、一般向けの科学読み物である。著者の八田武志は神経心理学を専門とし、以前にも、心理学領域での左ききについての研究を整理した学術書『左ききの神経生理学』(医歯薬出版、1996年)を著している。本書では、その『左ききの神経生理学』が執筆された1995年以降の、きき手、ひいては左右の大脳半球の機能差を検討する「ラテラリティ研究」と呼ばれる分野におけるさまざまな研究を俯瞰し、それぞれの実験手法や結果を、著者自身の考察を交えつつ紹介している。

 内容は実に多岐に渡っている。運動能力や音楽的才能などにおいて左ききが優れるという説と、逆に左ききは短命である、左ききは怪我をしやすいといったネガティブな説それぞれの検証に始まり、左ききの人びとの知覚や記憶、胎生・発育過程においてきき手が決まるメカニズム、きき手と左右の脳機能との関係など、ラテラリティのあらゆる側面について、興味深い研究が網羅されている。またきき手の発生という観点から、人間以外の動物についても、我々の隣人であるサル(霊長類)はもちろん、イヌ、ネコ、カエル、さらにはヘビや魚の「きき手」を調べた研究まで取り上げられていて、ラテラリティ研究の裾野の広さを窺わせる。

 もっともそうは云っても、本書を通読して、きき手に関する(素人の素朴な)謎や疑問が氷解するということはない。むしろ本書は、きき手について科学的にはっきり云えることは、まだほとんどないのだということを、正しく認識するために書かれていると云うほうが適切である。

 「第5章 なぜ右ききが多いのか――きき手成立のメカニズム」の序言で、八田はこんなふうに云っている。
きき手の成立メカニズムを検討した多くが、左ききが示すさまざまな特徴の説明に焦点が向けられているために、すべての特徴を説明可能にできるものは、未だない。ワンフレーズで解を提示すべしというような、最近流行の短兵急に単純解を求めるやり方はいったん棚上げし、それぞれの説明モデルの長所や短所を吟味してほしい。問題点が明らかになるとそのモデルの修正を検討するという具合に、きき手研究は進行するはずである。科学的な手続きや思考の面倒臭さを楽しんでいただければと思う。
 楽しめるかどうかはともかく、「科学的な手続きや思考の面倒臭さ」は、この章のみならず本書のそこかしこに感じられる。本書に取り上げられた個々の知見は、ある限られた事象については妥当であっても、それですべての事がらが説明できるという性格のものではない。また上にも書いたように、本書はあくまで、近年のさまざまなラテラリティ研究を網羅的に紹介することに主眼を置いたもので、一部それらを相互に関連付けた記述も見られるものの、全体を通じて一つの結論を導こうというのではない。それゆえ本書を通読しようとする読者は、一つひとつの知見を頭の中で保留しつつ、結論らしきものも見えないままにこれを読み進めていかなければならない。正直なところ、評者にとってそれは、楽しいどころかかなりの苦痛を伴う作業だった。

 加えてきき手に関する研究では、こういう因子があれば必ず左ききになるとか、左ききには必ずこのような性質があるといった決定論的な因果律は提示し得ず、いずれの研究においても、ある二つの事象の間に統計的に有意な、つまり偶然ではない相関関係が認められる、という形でしか知見を示すことができない。そのような、ラテラリティというテーマが本質的に持つ曖昧さもまた、このテーマに感じるもどかしさを助長する。

 しかし自然科学とは、実際そのように進んでゆくものなのだろう。八田の云うとおり、自説に都合の良い研究結果だけを抽出し、そこから強引に結論めいたものを引き出した似非科学書は、昨今枚挙に暇がない。あまつさえそのような書がベストセラーになったりもしている。けれど、そのように安易な結論に飛びつくのでなく、「科学的な手続きや思考の面倒臭さ」を楽しもうとする姿勢こそが自然科学には大切なのだと、本書は訴えているようでもある。

 ともあれ、きき手という一見つかみどころのないテーマに対し、かくもさまざまな観点から、かくもさまざまな手法でアプローチがなされていることに、あらためて驚かされる。本書は全部で九つの章から成るが、それぞれの章は互いに独立しているので、(評者のように)全体を読み通すのが辛いと思われる方は、興味のある章だけ拾い読みしても充分面白いだろう。

※ 本書は「本が好き!」を通じて献本していただきました。

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