2008年09月21日

つなみ−THE BIG WAVE / パール・S・バック [書評]

つなみ−THE BIG WAVEつなみ−THE BIG WAVE
パール・S・バック / Pearl S. Buck
黒井健, 北面ジョーンズ和子他

単行本, 径書房, 2005/02

 パール・サイデンストリッカー・バック(パール・バック)は、1892年ウェスト・ヴァージニア州に生まれ、生後間もなく宣教師の両親とともに中国に渡り、幼少期を江蘇省鎮江に過ごした。その後アメリカの大学を卒業し、南京大学で英文学を教えるかたわら執筆活動を始め、1931年、のちに彼女の代表作となる『大地』でピュリツァー賞を受賞し、1938年にはアメリカ人女性として初めてノーベル文学賞を受賞している。

 ちなみにパール・バックには、重度の知的障害を持つ娘がいた。1950年に婦人雑誌に寄稿した手記(『母よ嘆くなかれ』)で、パール・バックはその母親としての苦悩の日々を告白し、娘キャロルの存在が彼女の創作の原点だったと語っている。パール・バックは、ノーベル賞の賞金や著書の印税など収入のほとんどを養護施設に投じ、自らも娘のほかに7人の戦争孤児を養育した。社会活動においては東西の公平な交流に尽力した人格者でもあった。

 パール・バックは日本に滞在していたこともあり、『The Big Wave』は、その際に彼女がじかに見た日本の印象をもとに書かれた作品である。津波によって家族を失った少年が、悲しみの淵から自身の生き方を模索する過程を通して、当時の日本人の自然観や死生観を鮮烈に描いている。1947年に刊行された原書には、アメリカ人読者に日本の美しさと日本人の心性を伝えるべく、北斎と広重の版画が挿入されていたという。本書では、それに代わって黒井健のカラーイラストが、ときに美しくときに過酷な日本の自然と、そこに生きる人々の暮らしぶりを、やさしくやわらかなタッチで再現している。1988年に『THE BIG WAVE−大津波−』というタイトルで株式会社トレヴィルより刊行されたものを、改題、復刊したものである。

 海に面した山の斜面で段々畑を耕す農家の息子キノと、浜辺に住む漁師の息子ジヤ。ともに貧しい家に生まれた二人は、幼い頃から家の仕事を手伝いつつも、夏には一緒に海を泳ぎ、冬には学校に机を並べ、と、まるで兄弟のように仲良く幸せな日々を過ごしていた。しかし、浜辺の村は常に津波の危険にさらされており、また陸の暮らしも、いつ噴火するとも知れぬ火山を見据えながらの毎日だった。

 ある夏、海底火山の噴火による津波が村を襲い、浜辺の集落は跡形もなく流されてしまう。家も家族も失い独りぼっちになったジヤをキノの両親が引き取るが、ジヤは来る日も来る日も悲嘆に暮れている。やがて悲しむことにも疲れ果て、すべてを忘れてしまおうと考えるジヤ。親友のことが気掛かりでたまらないキノをよそに、おおらかで気丈な父親は、そんなジヤを辛抱強く見守る。父親は、キノに諭すように云う。
「ジヤの父ちゃんたちは生きてた時とおなじように、死んでもジヤの中で生きとるんじゃ。いつかジヤはみんなが死んだということを、ジヤの一生の一部分として受け止める時が来る。そのときにはもうめそめそせずに、みんなのことを思い出として心の中にとどめる。ジヤの血には、父ちゃんや母ちゃんや兄ちゃんの血が流れとる。ジヤが生きとる限り、ジヤの父ちゃんたちもジヤの中で生き続けるんじゃ。津波がやって来たが、もう、行ってしもうた。又お陽さんが照り、鳥が歌い、花が咲く。ほれ、海を見てみろ!」
 「自分から両親のことを思い出そうとした時こそ、ジヤはまた幸せになれるんじゃ。」と父親は云う。危険と隣り合わせで生きる自分たちの暮らしを振り返って、「日本で生まれて損したと思わんか?」と問うキノに、父親はさらに毅然として答える。
「人は死に直面することでたくましくなるんじゃ。だから、わしらは死を恐れんのじゃ。死は珍しいことじゃないから恐れんのじゃ。ちょっとぐらい遅う死のうが、早う死のうが、大した違いはねえ。だがな、生きる限りはいさましく生きること、命を大事にすること、木や山や、そうじゃ、海でさえどれほど綺麗か分かること、仕事を楽しんですること、生きる為の糧を産み出すんじゃからな。そういう意味では、わしら日本人は幸せじゃ。わしらは危険の中で生きとるから命を大事にするんじゃ。わしらは、死を恐れたりはせん。それは、死があって生があると分かっておるからじゃ。」
 われわれ現代の日本人読者の視点は、むしろ当時のアメリカ人読者のそれに近いかもしれない。安全と快適さと合理性を求め、新大陸を切り拓いていったアメリカの歴史は、見方を変えれば、死を身近から遠ざけよう、死から目を背けようとしてきた歴史でもある。しかしそれでも、近しい人にも自分自身にも必ず死は訪れる。決して避けることのできない生きとし生けるものの定めに直面したとき、人はそれをどう受け止め、悲しみや絶望とどう向き合えばいいのか。キノの父親の言葉は終始やさしい。しかしそれは、60年の時を越えて我々に一つの問いを突きつけているようでもある。

 キノの父親の云う「死を恐れない」とは、決して命を軽んじるということではない。自然災害の前に人は無力だなどと云っているのでもない。ジヤの住んでいた浜辺の漁村では、それまで家の海側には窓を設けないのが習いだった。しかし、やがて一家の主として新たに浜辺に居を構えたジヤは、壁の窓板を力いっぱい押し開けて云う。
「おれ、海の方に家を開けたんじゃ。もし津波がまたやって来ても、ちゃんと備えができる。おれ、海に立ち向かって生きる。恐がったりなどせん。」
 ジヤの双眸はまっすぐに未来を見つめている。その視線の先に、我々は立っているだろうか。

The Big WaveThe Big Wave
Pearl S. Buck

ペーパーバック, Trophy Pr; Reprint版, 1986/04


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