2008年12月29日

影の棲む城 / ロイス・マクマスター・ビジョルド [書評]

影の棲む城 上影の棲む城 上
ロイス・マクマスター・ビジョルド / Lois McMaster Bujold
鍛治靖子

文庫本, 東京創元社, 2008/01

 先にご紹介した『チャリオンの影』に続く、ロイス・マクマスター・ビジョルドの異世界ファンタジー「五神教シリーズ」三部作の第二弾。前作ではチャリオン王家の呪われた歴史の語り部として地味な役どころを演じていた国太后イスタが、今回は、ファンタジーには珍しい40歳の女性主人公として、獅子奮迅の活躍をする。2004年に米国の三大SFファンタジー文学賞、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞を独占した異色の冒険活劇ファンタジーである。

 今では宰相の座に就いているカザリルらの活躍により、チャリオン王家にかけられた呪詛が解かれて三年。先々王の妻であり現国主の母であるイスタは、故郷ヴァレンダ城で穏やかな日々を過ごしていた。ところが老母バオシア藩太后の死に臨んで、イスタは不意に絶望的な虚無感を覚えた。居たたまれなくなったイスタは、周囲の反対を押しきり、巡礼を口実に、わずかな従者を伴って贖罪の旅に出た。

 イスタはかつて、神の手に触れられた聖者だった。しかしそれがために、神の意志の担い手として、また王家の一員として、王家を覆っていた呪詛と正面から対峙することを余儀なくされた。そしてその結果、呪詛を破ることに失敗したのみならず、夫の寵臣ルテス卿を死に追いやり、決して癒えることのない心の傷と、誰にも明かせない秘密をひとり背負うこととなった。何も知らない周囲の者たちには気が触れていると誤解され、夫を亡くし国太后に退いてからは、事実上、故郷の城に幽閉されていた。が、それも今は昔、忌まわしい呪詛は解かれ、自身も聖者の懊悩から解放された。だが悔恨と自責の念は、今なおイスタの心に深く根ざしていたのだった。

 イスタは奇妙な夢に悩まされていた。見知らぬ城でひとり眠り続ける男の夢だ。聖者はしばしば生々しい予知夢を見る。これもなにかの預言なのだろうか。やがて国境付近で、敵対するジョコナ軍の一団に拉致されたイスタは、突如現れたひとりの騎士に助け出される。騎士の名はアリーズ・ディ・ルテス。国境を守るポリフォルス郡の郡候にして、あのルテス卿の息子だった。その後アリーズの城に招かれたイスタに、再び神が語りかけてきた。そうして心ならずも第二の視覚を取り戻したイスタが目にしたものは、まさしく夢に見たあの光景だった……。

 前作『チャリオンの影』では、そもそもこの物語世界がどういうものなのかが、作品のひとつの読みどころになっていた。神学的な要素は随所に見え隠れするものの、「神」や「魔」が物質世界とどのように関わり、どのように振る舞うのかは終盤まで明かされず、王家を救う方法を模索する主人公カザリルとともに、この世界の謎を一つひとつ読み解いてゆくところに、物語の魅力の一端があった。

 ところが今回は、そのような物語世界のあり様を既知のものとして(もちろん前作を読んでいない読者への配慮も充分なされているが)、「神」や「魔」がのっけから頻繁に物質世界に介入し、本筋はあくまで超自然的な文脈の中で展開する。それゆえ前作とは対照的に、全編を通じてファンタジーの醍醐味が存分に味わえる作品に仕上がっている。何が飛び出してくるのか、どんな仕掛けが待っているのか、最後までまったく予想のつかないはらはらどきどきの展開には、前作とはまた違った魅力がある。ビジョルドのストーリーテリングの巧さに、あらためて舌を巻く。

 加えてこの作品を、単にスリリングなだけでなく、リアルな手ざわりを伴った読みごたえあるものにしているのは、それぞれに個性的な登場人物たち、とりわけ主人公イスタのキャラクターである。誰にも理解されることのない苦悩の日々は、イスタの心に屈託とある種の諦念をもたらし、一方でわずかに残る国太后としての自覚が、イスタに表面上の分別を強いる。それゆえイスタの内面は屈折し、その述懐にはしばしば過激とさえ思える辛辣さが込められている。しかし反面、少女のような初々しさが顔をのぞかせることもある。そんな複雑なキャラクターを、ビジョルドは実に鮮明に、そして魅力的に描いている。

 なお上にも云ったように、本書においては、前作を読んでいない読者への配慮もきちんとなされているが、それでも評者は敢えて前作『チャリオンの影』とあわせて読むことを強くおすすめしたい。物語の背景がより深く理解できることはもちろんだが、なにより前作自体が、本作に勝るとも劣らない傑作なのである。

影の棲む城 下影の棲む城 下
ロイス・マクマスター・ビジョルド / Lois McMaster Bujold
鍛治靖子

文庫本, 東京創元社, 2008/01
Paladin of SoulsPaladin of Souls
Lois McMaster Bujold

マスマーケット, Harper Torch; Reprint版, 2005/05

※ 本書は「本が好き!」を通じて献本していただきました。

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