2009年01月21日

サイモン・アークの事件簿 1 / エドワード・D・ホック [書評]

サイモン・アークの事件簿 1サイモン・アークの事件簿 1
エドワード・D・ホック / Edward D. Hoch
木村二郎

文庫, 東京創元社, 2008/12

 昨年(2008年)77歳でこの世を去ったエドワード・D・ホックは、生涯現役をつらぬき、50余年にわたる作家生活において900編余りの作品をものした短編ミステリの名手だった。謎を解くための手掛かりを読者にフェアに提示する本格ミステリを得意とし、緻密な論理展開によってあざやかに解明への道筋を示してみせるその作風から、「古典的犯人当てミステリの王様」とも称され(エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン)、2001年には短編主体の作家としてはじめて、MWA(アメリカ探偵作家クラブ)の巨匠賞を受賞している。

 ホックには、邦訳が刊行されている「怪盗ニック」シリーズや「サム・ホーソーン」シリーズをはじめ、20以上のシリーズ作品がある。その中でもっとも息が長く、ホック自身もっとも愛着を感じていると語っていたのが、この「サイモン・アーク」シリーズである。ホックを代表するシリーズの一つでもあるこのオカルト探偵シリーズは、彼のデビュー作『死者の村』(1955年)に始まり、以来半世紀以上にわたって61編が書きつがれてきた。

 サイモン・アークは、自称2000歳、さまざまな傍証から少なくとも1500歳以上と推定されるコプト教徒で、悪魔や超常現象を追って世界中を旅していると語る謎の人物である。深い皺の刻まれたその容貌は70歳代の老学者を思わせるが、がっしりした体躯に張りのある肌を持ち、身のこなしは若者のように機敏だ。

 サイモンが関わる事件には、つねに悪魔や超常現象の匂いがする。73人もの村人が崖から身を投げた謎の集団自殺事件、中世の古文書を追って辿り着いた悪魔崇拝の儀式、聖夜のニューヨークに現れたロシアの伝説の妖精、サイモンらの目の前で車ごと消えた女性……。サイモンは該博な知識と犀利な推理力を武器に、これらの奇怪な事件に敢然と挑んでゆく。

 ときに、オカルトと本格ミステリという組み合わせは、一見相容れないもののようにも思える。もちろんここで云う本格ミステリとは、ある種の超常現象が受け容れられる架空の世界において成り立つ謎解きではなく、現実世界においてもじゅうぶん説得力のある論理的・科学的推理のことだ。

 しかし、超常現象のような不可思議なものごとを科学的に解明しようと試みるのは、必ずしもそれらに対して否定的な考えからばかりではあるまい。逆に、人知を超えた神秘に強く惹かれるからこそ、敢えて懐疑的な姿勢でそれらに臨み、それらがどう足掻いても合理的に説明できないことを確かめたい、という考え方もまた成り立つだろう。そうしてみると、オカルトと本格ミステリとは、案外相性の良いものなのかもしれない。ホックの作品は、そんなことをも考えさせてくれる。

 もっとも、あくまで本格推理を身上とするホックは、このシリーズにおいても、サスペンスフルな演出にはさほど重きを置いておらず、それゆえ趣向こそオカルト風ではあるものの、そこにホラー小説のようなおどろおどろしさはない。軽快な語り口とスピーディーな展開、そして胸のすくような小気味好い謎解きこそが、やはりホックの持ち味である。

 作品は、シリーズの全体像が捉えられるよう、1950年代から2000年代にかけての各年代に発表されたものから1、2編ずつが採られている。いずれの作品においても、それぞれの時代背景が効果的に描かれ、また登場人物たちも現実の時間の流れに合わせて歳をとり、彼らを取り巻く環境も変化してゆく。サイモンの友人であり、シリーズを通じての語り手でもある「わたし」は、最初新聞記者として登場するが、のちに出版界に転身し、そこで順調に出世を重ね、2000年代には引退してフリーで編集の仕事にたずさわっている。また第一作ではテレタイプ(通信可能な電動タイプライター)が活躍していたものが、90年代になると携帯電話やインターネットがさりげなく登場するなど、ちょっとした描写に時代の変化がうかがえるのも楽しい。

 ただしそんな中、ひとりサイモンだけは、初登場のときからずっと変わらず「活発な70歳台」の風貌を保っている。実はそのサイモン自身の存在が、このシリーズで唯一合理的な説明のつかない不思議であり、もはや永遠に解き明かされる機会の失われてしまった謎である。

※ 本書は「本が好き!」を通じて献本していただきました。

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