![]() | ぼくと1ルピーの神様 ヴィカス・スワラップ / Vikas Swarup 子安亜弥 文庫本, ランダムハウス講談社, 2009/02/20 |
映画『スラムドッグ$ミリオネア』の原作(ただし設定やストーリーは、映画とは若干異なる)。
ムンバイ(旧ボンベイ)のスラム街に暮らす18歳のウェイター、ラム・ムハンマド・トーマスは、クイズ番組に出場し、みごと全問正解、10億ルピーという史上最高額の賞金を獲得する。けれど賞金の支払いをしぶる番組制作会社は、孤児として育ち、ろくに教育も受けていないラムがすべての問題に答えられるはずがない、不正があったに違いないと云いがかりをつけ、ラムを訴える。
しかし、ラムの全問正解にはちゃんと理由があった。出題された問題は、彼がこれまでの人生において図らずも知り得たことばかりだったのである。ラムは制作会社に買収された警察の拷問を受け、嘘の供述書にサインさせられそうになるが、間一髪、そこに現れた見知らぬ女性弁護士に救い出される。事情が呑み込めないまま弁護士の自宅に保護されたラムは、「幸運の1ルピーコイン」を投げて彼女を信じることに決め、それぞれの難問の答えをどうして知っていたのかを、彼女に語りはじめる。
そうして明かされてゆくエピソードの一つひとつに、インド社会の最底辺を必死に生き抜いてきたラムの、波乱に満ちた人生が映し出される。そしてそこに、現代のインドが抱えるさまざまな負の側面が浮き彫りにされてゆく。階級差別、宗教対立、児童虐待、暴力、強盗、売春、そしてあまりにも悲惨な貧困層の生活。
しかしこの物語は、素直で純真な少年が、持ち前の明るさと正直さで幾多の苦難を乗り越え……などといったぬるい話ではない。そもそも彼のラッキーアイテムは、母の形見のペンダントなどではなく、胡散臭い占い師にもらった怪しげな1ルピー硬貨なのである。その混沌に満ちた世界の只中にあって、何度も災難に巻き込まれ、さまざまな困苦にあえぎながらも、ラムは自らの機知と機転だけを頼りに人生を切り拓いてゆく。その姿は、ときに狡猾とも云えるほど、したたかでたくましい。どのエピソードも悲しい情景を描いていながら、ラムの立ち回りはすこぶる痛快で、読後にはむしろ清々しい印象を残す。
ときに、ラム・ムハンマド・トーマスの、ラムはヒンドゥー教徒の、ムハンマドはイスラム教徒の、そしてトーマスはキリスト教徒の名前である。出自のわからない孤児ゆえのなんとも風変わりな命名だが、その冗談のような名前に、さまざまな民族が暮らし、いくつもの宗教が混在するインドの多様性がうかがえるように、ラム自身の生き様にも、インドという国の姿がしばしば重なって見える。
作中に何度か登場するからというわけではないが、この作品にはどこか、いわゆるマサラムービーを連想させるところがある。歌あり踊りあり、ロマンスあり、コメディあり、アクションありと、合理的なリアリティなどお構いなしに、娯楽映画のあらゆる要素をごった煮にしたマサラムービーの、あのわけのわからない圧倒的なパワーに似たものが、この作品からもひしひしと伝わってくる。それはつまり、いずれもがとことんインド的な作品だということだろうか。混沌を混沌のままに受け容れる懐の深さ。自らの困窮さえも笑い飛ばしてしまう強靭な精神。転んでもただでは起きないしたたかさ。絶望の淵にあっても、なんとか活路を見出し生き抜こうとするたくましい生命力。そんな途方もないエネルギーにこそ、インドの真のリアリティが映し出されているようにも思える。この物語の本当の主役は、あるいはインドそのものなのかもしれない。
![]() | ぼくと1ルピーの神様 ヴィカス・スワラップ / Vikas Swarup 子安亜弥 単行本, ランダムハウス講談社, 2006/09/14 |
![]() | Q and A Vikas Swarup ペーパーバック, Black Swan; New edition版, 2006/02/01 |
![]() | Slumdog Millionaire Vikas Swarup ペーパーバック, Scribner, 2008/11/18 |
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