2006年01月14日

まぼろしのロンリヴィル / エラン・クロバンド [読書日記]

まぼろしのロンリヴィルまぼろしのロンリヴィル
エラン・クロバンド / Eran Kroband
中田香

単行本, 求龍堂, 2005/11

 今年最初の読書日記。読んだのはエラン・クロバンドの『まぼろしのロンリヴィル』。哲学とマーケティングを学び、コンピュータ・アナリストとして働いていたというクロバンドにとって初めての作品なら、OL、塾講師を経て翻訳家になったという中田香にとっても初めての訳書である。

 暮れにふらっと馴染みの書店をのぞいたら、たまたまそれが目に止まった。帯には、ありがちな作家や有名人のコメントではなく、その原稿を読んだ様々な年代・職業の一般読者の感想が載せられている。まあ、「感動しました」、「泣けました」、「勇気づけられました」という毎度お馴染みのアレだが、この朴訥な宣伝と、それでいながら、聞いたことのない作家のデビュー作がドドーンと平積みされていることに興味を覚え、ページをめくってみたのだった。

 開拓期のアメリカ。落石によって谷に閉じ込められた四人のネイティブ・アメリカンと四つの開拓者の家族が、そこに村を築く。それがロンリヴィルである。外界から隔絶された村には戦争も犯罪もなく、彼らの子孫たちは、ネイティブ・アメリカンとスコットランド高地人双方の世界観を受け継ぎながら、そこで平穏に暮らしていた。

 時代は現代に移り、米軍の爆撃機が危険回避のため投棄した爆弾によって、村は消滅。と同時に、村の入口を塞いでいた岩も吹き飛ばされ、唯一生き残った少年リトル・フェザーと飼い猫のタイガーは、初めて外界に足を踏み出す。その後彼は地元の村の保安官に引き取られ、そこで暮らし始める。彼の行動の一つひとつが周囲の人々の目には奇跡と映り、それが、それぞれに屈折した気持ちを抱いていた人たちに変化をもたらしてゆく。

 彼を救世主と確信した神父が新宗教を興し、保守的な村の実力者と衝突する。村中を巻き込んだ騒動はやがてTVで取り上げられ、そこでまた「奇跡」が起こる。全米がそれを目撃し、ついには大統領までもが乗り出してくる……。

 ジュブナイル(最近はヤングアダルトとか云うらしいが)に分類される作品だろう。二、三、軽い性的描写はあるが、中学生くらいが読んでも面白い作品だと思う。荒唐無稽な設定が面白く、冒頭の数ページを読んで、佐吉もその先の展開に期待を抱いた。しかし、途中で興醒めした。

 TVを通じて、最初はちっぽけだった話題が一気に全米規模に拡大。そして大統領のご登場。大統領が出張ってくるということは、アメリカにおいては、それが世界で最も重要な事件だということを意味する(著者はパリ在住のイスラエル人だが)。佐吉はあまり映画に詳しくないが、それでも、そんな映画が掃いて捨てるほどあったような気がする。そのあまりにもありきたりで安易な展開に、佐吉は興を削がれたのである。

 リトル・フェザーは終始ありのままに振舞っていたにすぎず、それを奇跡と感じるのは、それを見る側に、乾いた世界に暮らしながらも、心に奇跡を信じる余地があり、またどこかでそれを求めているからである。そうしたメッセージは伝わってくる。また、しばしば挿入される社会風刺もそこそこ面白い。が、それでもこの展開はちょっといただけない。登場人物の会話も総じて白々しく、リアリティが感じられない。その所為か、彼らが奇跡に触れ、少年に感化されていく様子も説得力に乏しい。さすがにここでは明かさないが、結末にもがっかりさせられた。設定は面白そうだったんだけどなあ……。

 今年一発目がこれか……いや、これを買ったのが暮れだから、去年のことにしておこう。

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