2006年01月30日

神話がわたしたちに語ること / カレン・アームストロング [書評]

神話がわたしたちに語ること神話がわたしたちに語ること
カレン・アームストロング / Karen Armstrong
武舎るみ

単行本, 角川書店, 2005/10/31

 世界32ヵ国の名だたる現代作家を語り部に、世界各地の神話を今に語りなおそうという「新・世界の神話」プロジェクトの第一弾。ただし本書自体は物語ではなく、世界の神話の歴史を概観し、それが人間にとってどういうものであったかを説き明かし、あわせて現代の我々にとっての神話とは何であるかを考察した書である。世界神話史の概論であると同時に、プロジェクトの基調を成す一冊でもある。

 曰く、人間は意味を求める生き物である。そしてそのために物語を作りだす。神話の多くは、論理的な思考によっては解決できない、日常のさまざまな問題に関する苦しみから生まれた。太古の時代、神話は人生の意味や意義を説き明かし、この世界でより豊かに生きるためには何をしなければならないかを教えてくれる人生の案内書だった。また同時に神話は、論理的かつ実利的な思考、すなわち「ロゴス」と相補的な関係にあった。神話と理性のそれぞれに受け持つ領域があり、人々はそのどちらの思考様式をも必要としていた。

 ところが文明が興り、ロゴスが人間の生活にめざましい発展をもたらすようになると、それに追いやられるようにして、神話に象徴される古い精神性は人々の意識から遠のいていった。しかしロゴスは、人間の根源的な苦しみや欲求に対して、神話に代わるものを産み出すことができなかった。それゆえ中世には絶望感や無力感におそわれる者が現れはじめ、さらに20世紀になると、人々は近代化の途方もない夢が虚像にすぎなかったことに気づき、虚無感や喪失感が広く社会を覆うようになった。現代社会はかつてない危機的状況に瀕しており、そこに巣食う問題の多くは、神話が失われてしまったことに深く関係している。我々には神話が必要である。

 そう説明したうえで、アームストロングは、現代の我々にとっての神話とは芸術や小説であると説く。そもそも神話とは、無秩序な混沌の中に現実の確信を見出す手助けをしてくれる、一つの芸術形式である。強い影響力を持つ芸術作品は我々の人生に入りこみ、それを変えてしまうことさえある。優れた小説は、神話と同様、人を変容させる力を持っている、と。

 本書には、神話が人間にとっていかにかけがえのないものであるかが、理路整然と説明されており、(それこそ「ロゴス」によって)そのことにすとんと納得がいく。現代社会の抱える問題を神話の喪失という文脈で捉え、芸術や小説は現代の神話なのだと説く第7章は本書の圧巻であり、そこには、アームストロングの持論が色濃く反映されている。それは彼女から読者へのメッセージでもある。

 ただし、その語り口があまりにも明晰で説得力があるだけに、そうしたアームストロングの意見を、ロゴスは諸悪の根源だ、現代の神話たる芸術や小説にこそ救いがあるのだ、と短絡的に解釈する人もあるかもしれない。が、思い出してほしい。アームストロングは、人間は神話と理性のどちらをも必要としていた、と語っているのである。評者ごときがこんなことを云うのもおこがましいが、そのことをきちんと踏まえたうえで、彼女のメッセージを受けとめたい。

 ともあれ、少なくとも本書が、芸術や小説との接し方について、一つのユニークな視座を提供してくれていることは確かである。人間にとって神話とは何なのかを見つめなおし、その神話と同様、個人の人生を変え得る力を持つものとして芸術や小説と向き合う。本書が提示するそのような芸術や小説との向き合い方は、きっとそれぞれの読者の読書体験をより豊かなものにしてくれるだろう。本書はまさに、このシリーズの水先案内に相応しい一冊である。

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