2006年03月25日

おわりの雪 / ユベール・マンガレリ [書評]

おわりの雪おわりの雪
ユベール・マンガレリ / Hubert Mingarelli
田久保麻理

単行本, 白水社, 2004/12/10

 一切の装飾を省いたこの上なくシンプルな物語世界で、マンガレリは日常のささやかな情景を、そっとつぶやくように物語る。かぎられた小さな舞台、最小限の登場人物、大きな事件もなければ余計な説明もない。そのかぎりなく静寂に近い世界には、人生の純粋なエッセンスだけが存在し、そこでは、繰り返される日々の中の小さな変化が、季節の移り変わりとあいまって一つの物語となり、読む者の心に静かに沁み込んでくる。この作品の訳者田久保麻理は、あとがきの中で、マンガレリの作品をこう言い表している。
 そっけないほど淡々とした、やさしい言葉でつづられる作品は、読みこむほどに重みをましてゆく。それはまちがっても眉に皺をよせて深刻に考えこんでしまうような重みではなく、たとえるなら、人生の美しさと哀しみが凝縮した小さな雪の結晶が、すこしずつ大地に降り積もっていくような重み、とでもいったらいいだろうか。
 舞台はフランスあるいはイタリアと思われる雪深い小さな町。時代は明確には示されないが、自動車や鉄道が登場するから、そんなに昔の話ではない。主人公の「ぼく」は、古道具屋の露店で鳥籠に入れられた一羽のトビを見かけ、それがどうしてもほしいと思うようになる。少年には寝たきりの父親がいて、少年とその両親の三人家族は、父親が受け取る年金と、少年が養老院で老人の散歩の付き添いをして得る収入によって暮らしている。少年はトビを手に入れることを夢見て、そのわずかな収入からトビの購入資金を貯め始める。

 ある夜、少年は街で見かけたトビを獲る男の物語を父に話して聞かせる。父親は、それがなかば創作であることに気づきながらも、その話が気に入り、以来、毎晩のように、息子の話すその物語に聞き入るようになる。それは父と子のほとんど唯一の触れあいであり、父子はその物語を共有することによって絆を深めてゆく。

 しかしトビの購入資金はなかなか貯まらない。季節は秋から冬へと移り、古道具屋のもと、ぞんざいな扱いを受けているトビは、早く買ってやらないと凍え死んでしまう。少年はトビを買うため、つらく悲しい仕事を引き受けることを決意する。その一方で、病床の父親には死期が迫っていた……。

 語り手である「ぼく」は、その「雪がたくさんふった年」の記憶を、ゆっくりとなぞるように回想する。それは一つの心象風景のようでもあり、その風景は、哀しみそのものを映していながら、どこまでも澄みきっていて美しい。

 そしてそこに、さまざまな具体的なイメージが、ときに淡く、ときに鮮やかに浮かんでくる。父と子の慈愛に満ちた心の触れあい、おそらくは少年が初めて経験したであろう、生と死の鮮烈なコントラスト、やりきれない人生の哀しみに小さな明かりを灯す空想の暖かさ。空想は、少年と父親とをつなぎ、少年と世界とを結びつけるものであり、それはやがて記憶の中の原風景となって、現在の「ぼく」と少年の日々をもつないでいる。

 人の心をも凍えさせるような冷たい雪。しかしそれは、静かに降り積もり、あらゆるものをやさしく包み込んでくれるものでもある。この作品は、まさにそうした雪のような物語である。哀しみを描いていながら、その読後感は切ないというよりむしろ清々しい。それはこの物語が、哀しみと同時に、大人へと一歩近づいてゆく少年の姿をも描いているからかもしれない。

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