2006年04月11日

驚異の百科事典男 世界一頭のいい人間になる! / A. J. ジェイコブズ [書評]

驚異の百科事典男 世界一頭のいい人間になる!驚異の百科事典男 世界一頭のいい人間になる!
A. J. ジェイコブズ / A. J. Jacobs
黒原敏行

文庫本, 文藝春秋, 2005/08/03

 ビジネス書のコーナーにでも並んでいそうな、このいかにも胡散臭いタイトルの本は、実はブリタニカ百科事典全32巻を読み通した一人の雑誌編集者の手記である。

 著者A.J.ジェイコブズは、ポップ・カルチャーを扱う雑誌の編集者である。幼い頃には自分を「世界一頭のいい人間」だと思っていたが、ご多分にもれず、いつしか神童の輝きは薄れ、大学を出てジャーナリストとなり、35歳を過ぎた今、彼は日に日に自分の知的レベルが低下しているのではないかと危惧している。そこで彼は、かのブリタニカ百科事典を全巻読破することを思い立つ。

 総ページ数3万3000、総項目数6万5000、総単語数4400万……。彼は1年をかけてその膨大な内容を読み進め、何かしら心動かされた項目やそこから想起された様々な考え、あるいはなかば強引にそれらと関連付けられたその時々の身辺雑記などを、読書日記のように書き綴っていく。

 ただしジェイコブズは、自身、その挑戦を高尚な試みなどとは考えておらず(少なくともそうした素振りは見せず)、むしろひどく下世話な話として、それにまつわるあれこれを、軽妙な口調で(ときにお寒いギャグなども交えながら)面白おかしく語ってゆく。

 そもそも彼がその突飛とも言える試みを決意した背景には、実は、数十冊の著書を持つ弁護士の父や博識な義兄へのコンプレックスがある。ジェイコブズはしばしば、ブリタニカから得た知識で彼らの鼻を明かしてやろうと試みるのだが、毎回彼らにうまく切り返されてしまい、なかなか思惑通りにいかない。また彼は、周囲の人たち、とりわけ妻のジュリーに、何かにつけて薀蓄を傾けては煙たがられる。さらに彼は、自らの知識を試そうとチェス・クラブを訪ね、クロスワード大会に参加し、高IQ集団メンサの会にも入会するのだが、そこでもやはり彼の苦労は報われない。ジェイコブズは、ついにはクイズ・ミリオネアへの出場さえ決意するのだが……。

 オタクと呼ばれる若者たちの「萌え」文化を、歴史的、社会的に位置づけようと試みたノンフィクションの好著『萌え萌えジャパン 二兆円市場の萌える構造』の中で、著者の堀田純司は『オタクには「こんなのが好きなオレ」をエンターテインメントとして燃焼するというメンタリティがある』と語っている。このくだりには筆者も「なるほど」と思うところがあったが、この作品にもそれとまったく同じものが感じられる。つまりこの作品は、ある知識オタクが、自らのオタクぶりをネタにした、一つの自虐的エンターテインメントと捉えることができるのである。

 ジェイコブズは、知識オタクとしての自分との距離の取り方が実に上手い。そのことが、この知識オタクの奮戦ぶりを、とても面白く、また誰にも親しみやすいものにしている。例のチェス・クラブのメンバーやクロスワード大会の参加者、メンサの会の会員などについても、ジェイコブズは自らのドジぶりに加えて、彼らのオタクぶりもアイロニカルに描いていて痛快である。

 700ページにも及ぶ長大な「読書日記」だが、ブリタニカからのトリビアルな知識も数多く紹介されていて、決して読者を飽きさせない。最終章の「XYZ」を読み終えたときには、ジェイコブズと同じく、読者もまた長い旅の終着点に辿り着いたような充実感を覚えるだろう。とても愉快な一冊である。

The Know-It-All: One Man's Humble Quest to Become the Smartest Person in the WorldThe Know-It-All: One Man's Humble Quest to Become the Smartest Person in the World
A. J. Jacobs

ペーパーバック, Simon & Schuster (Paper), 2005/10


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