![]() | お江戸でござる 杉浦日向子 文庫本, 新潮社, 2006/06 |
朝、TVのニュースで、東京、千葉、そして神奈川の一部で大規模な停電があったことを知る。ほどなくして徐々に復旧したようだが、鉄道が止まったり、エレベーターに閉じ込められる人があったりと、各地で多くの人の足が乱れ、事故が相次いだそうだ。ちなみに佐吉はさいたま市在住で、今週は夏休みで自宅にいたので、その影響は受けていない。
夜になって、TVニュースでその経緯が詳しく報じられた。それを見て、都市機能がいかに電気に依存しているか、その電力供給がいかに複雑で、同時にいかに脆いものかを、あらためて知った。それでもお盆で都内に人が少なかったことが、多少なりとも幸いしたらしいが、これがもし普段の平日だったら、気温の最も高い昼の時間帯だったら、夜だったら、雨の日だったら、あるいは某東京ビッグサイトで某巨大イベントが催されていた昨日だったら…と想像すると、思わずぞっとしてしまう。
さて、話はがらりと変わるが、先月、新潮文庫から、杉浦日向子の本がまとめて出版された。『ごくらくちんみ』、『4時のおやつ』、そして『お江戸でござる』の3冊である。昨年46歳という若さで不帰の客となった彼女は、江戸の世の人々の暮らしぶりを、肩の凝らない気さくな語り口で活き活きと今に伝え、あまつさえ自らそうした生活感覚を体現していた稀有な存在だった。
その中から『お江戸でござる』を読む。かつてNHKで放送されていた人気番組『コメディーお江戸でござる』の中で、日向子さんが江戸の生活や風俗を解説した『おもしろ江戸ばなし』のコーナーを、一冊の本にまとめたものである。さまざまな江戸の暮らしや文化を、現在のそれになぞらえたり比べたりして、楽しくわかりやすく説明している。自分が普段なんとなく思い描いている江戸のイメージが随分いい加減なものだったことに気付かされ、びっくりさせられることも少なくない。
それはたとえば、我々には新聞という印象が強い瓦版が、実際にはむしろ大衆雑誌として機能していたこと。あるいは、浮世絵はひとつのプロジェクトチームによって作られるものであり、「北斎」や「写楽」、「歌麿」といった呼称はそのチームを指すものだったこと。まるで今の百円ショップのように何でも十九文という店があったこと。「岡っ引き」とは実は蔑称だったこと…。
彼女の著作を読むたび決まって思うのだが、楽天的で人生そのものを物見遊山のように楽しもうとする、江戸の世の人々のおおらかな暮らしぶりがうらやましい。もちろん、当時の暮らしにだって影の部分はあっただろうし、また地方には地方で別の暮らしぶりがあっただろう。物質的には現代の方がはるかに便利で豊かだ。しかし我々は、世界中からのあふれんばかりの情報やモノに囲まれ、どういう仕組みで動いているのかわからないさまざまな機械を操り、人間にはとても不可能な速さの乗り物で移動し、巨大で複雑な仕組みに組み込まれて生きている。件のニュースなどを見ていると、あらためてそのことに思い至る。そんな現代に暮らしていると、自分の身の丈に合った彼らの生き方が、時々なんだか無性にうらやましく思えたりもするのである。
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初めまして!
久しぶりに覗いたブログピープル(自分・エッセイ)で発見しました。
ます、“お江戸でござる”
読みたかったので参考になりました。ますます読みたい〜
そして、佐吉さんは「さいたま市」なのですね〜
私も新婚時代は埼玉の浦和市に住んでいたのです。
偶然です〜
これからも、度々遊びに来させてもらいますね!
佐吉は、上にも書いたように、江戸の世の人々のおおらかな暮らしぶりに憧れているところがあります。杉浦日向子さんの本は、そうした江戸の文化や風俗を活き活きと伝えてくれますね。もちろん『お江戸でござる』もとても楽しい一冊でした。佐吉もお薦めします。
浦和が大宮、与野と合併してさいたま市になって、え〜と……6年になるでしょうか。浦和市なんて聞くと、なんだか懐かしい気がします。ホント、偶然ですね。今後ともどうぞよろしくお願いします。
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