2006年08月20日

福田和也の「文章教室」 / 福田和也 [読書日記]

福田和也の「文章教室」福田和也の「文章教室」
福田和也

単行本, 講談社, 2006/08/01

 『福田和也の「文章教室」』を読む。当初はその書評を書くつもりでいたのだが、佐吉は彼の著作に関しては『作家の値うち』ただ一冊しか読んでおらず、この多才・多作な文芸評論家の著書を語るには、あまりにも予備知識が少ない。なので、書評については他日を期すことにして、今回は書評ではなく読書日記、つまり主観的な感想文として、佐吉の感じたところを話すことにした。

 さて、この本は、「読む力」、「書く力」、「調べる力」の三つの章から成っている。福田自身、『これまで谷崎潤一郎、川端康成といった文豪のものをはじめとして、文章読本を名乗る本はたくさん出ていますが、「調べる」ことを大きな柱にしている本は、私の知るかぎりないと思います』と語っているとおり、いわゆる文章読本としては、「読む」こと、「書く」ことに加え、「調べる」ことを論じている点において異色である。

 最初の「読む力」の章においては、江國香織、保坂和志、村上春樹、町田康、松本清張、志賀直哉、森鴎外、夏目漱石、宮部みゆき、舞城王太郎、小林秀雄、沢木耕太郎…といった、近代から現代の多士済々たる作家や文筆家の文章から、書くためのヒントとなる部分を取り上げ、自らの「書く力」を養うために、それぞれから何が導き出せるかを解説する。

 続く「書く力」の章では、「食のエッセイ」、「映画評」、「書評」の三つのコラムを取り上げ、書く側の観点から、それらをより詳細に分析してゆく。もっとも、具体的かつ実践的にはなっているものの、説明の仕方は「読む力」の章とさほど違わない。それぞれの文章を引用し、そのどこに注目すべきかを解説してゆくというスタイルは、前の章とほとんど同じだ。まあ、この本の冒頭で福田は『「書く力」とはすなわち「読む力」にほかならない』と説いているから、そこはあまりツッコんではいけないところなのかもしれないが。

 そしていよいよ、福田がやや自慢げに語る「調べる力」の章である。ここでは彼が以前に『文芸春秋』に発表した原稿を20ページ以上に渡って全文掲載し、その執筆のための取材の顛末を事細かにレポートしている。

 しかしこれは、この本の文脈において捉えるなら、「一本の原稿を書くにも本来これだけの手間をかけなければならないんだよ」ということでしかなく、そこから一般人が汲み取れる具体的・実践的なアドバイスはほとんどないように思える。あるいは、それまでの章で説明されたことを読者自身が実践して、そこから何かを読み取れということなのだろうか? 面白い講義を聴いていたつもりが、まさに佳境に差しかかろうというところで話が脱線し、結局そのまま講義を終えられてしまった。そんな気持ちにさせられたのは佐吉だけだろうか?

 ともあれ、文章を書くという行為には実に多くの側面があり、またそれについて様々な視座があるだろう。だからこそ、これまでにかくも多くの文章読本が書かれてきたのだろう。この本は、その中で他の人の文章から何をどう汲み取るかという点だけに焦点をしぼっているため、論旨が明解である。文章作成に関する具体的なアドバイスこそないが、「書く力」を高めるための訓練の仕方については、さまざまなヒントを与えてくれる。

 なお、『本作は評論ではない』と本人は書いているが、この本にはやはり作家論としての側面があり、同時にブックガイドとしても役に立ちそうだ。まあ、他の方に強いて本書をお薦めしようとは思わないが、過大な期待をしなければ、それなりに得るところもあるかもしれない。

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