2006年08月31日

和泉式部 人と文学 / 武田早苗 [読書日記]

和泉式部 人と文学和泉式部 人と文学
武田早苗

単行本, 勉誠出版, 2006/07

 冥きより冥き道にぞ入りぬべき遥かに照らせ山の端の月

 黒髪の乱れも知らずうち臥せばまづかきやりし人ぞ恋しき

 とどめおきて誰をあはれと思ひけん子はまさるらん子はまさりけり

 狂おしいまでの恋の哀歓や、この世の無常、あるいは己が内なる心の闇を直截に詠んだ和泉式部の歌は、千年の時を経てなお読む者の魂を激しく揺さぶる。現代においても彼女の歌に惹かれる人は決して少なくない。稀代の大歌人、いや、日本文学史上最高と云っていいだろうこの歌人について、松岡正剛はこんなふうに語っている。
 こんな歌人はざらにはいない。わかりやすく一言でいえば、与謝野晶子は和泉式部なのだ。(中略)晶子ばかりではない。樋口一葉も山川登美子も、生方たつゑも円地文子も馬場あき子も、和泉式部だった。きっと岡本かの子も瀬戸内寂聴も俵万智も、ユーミンも中島みゆきも椎名林檎も、“その後の和泉式部”なのである。恋を歌った日本人の女性で和泉式部を詠嘆できない者がいるとはぼくには思えない。
 『和泉式部 人と文学』を読む。勉誠出版の『日本の作家100人』という評伝のシリーズの一冊である。

 和泉式部は、『平安朝の女性の中でも格段に、我が身に固執し、我が身を詠じた(本書)』歌人である。それゆえ彼女の歌に触れることは、必然的に彼女自身の生き方に思いを馳せることにつながる。しかし、というか、だからというか、和泉式部という人物には、古来、様々なイメージがつきまとってきた。『口に任せ(紫式部日記)』て歌を詠んだ天才肌の歌人、派手な男性遍歴を重ねた魔性の女、数奇な運命に翻弄され波乱の生涯を送った悲劇のヒロイン……。そうしたイメージが幾重にも重なり、一度掴んだと思っても、彼女の人物像はすぐに形を変えてしまう。

 そうした中、本書は、和泉式部自身の作品をはじめ当時のさまざまな文献から、彼女の生涯を真摯に追い、後世の人間によって作られた諸々の先入観に囚われることなく、その人物像を浮き彫りにする。天賦の才に恵まれた即興歌人というイメージで捉えられがちな和泉式部が、その初期には百首歌という手法によって、万葉以降のさまざまな先行歌から地道に作歌手法を学んでいたこと、帥宮(そちのみや)との交際によって鋭敏な時間意識を養っていったこと、あるいは帥宮没後の悲嘆の中で、彼女が和歌の力、自らの歌人としての目を自覚していった過程など、少なくとも佐吉の持っていた和泉式部に対する旧来のイメージを払拭する記述も少なくなかった。

 文中で紹介されている歌や引用された古典文献にはすべて現代語訳が付されている。付録の系図、作品案内、年譜も親切でわかりやすい。和泉式部については過去にも多くの評伝が書かれているが、本書は和泉式部の入門書として恰好の一冊ではないかと思う。これを機に佐吉は、まだ通読したことのなかった『和泉式部日記』を一度きちんと読んでみようと思い、本書で底本に用いられている『近藤みゆき訳注 和泉式部日記』(角川ソフィア文庫)を早速買い求めてきた。その新解釈による現代語訳もなかなか評判が良いらしい。これもまた楽しみだ。

和泉式部日記 現代語訳付き和泉式部日記 現代語訳付き
近藤みゆき

文庫本, 角川書店, 2003/12


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この記事へのコメント

松岡先生のイベントのご案内をさせてください。
紀伊國屋ホール(新宿・紀伊國屋書店本店)で9/30に登場です!
http://www.kinokuniya.co.jp/01f/event/shinjukuseminar.htm

Posted by 求龍堂 at 2006年09月07日 12:38

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