2006年09月05日

星を継ぐもの / ジェイムズ・P・ホーガン [書評]

星を継ぐもの星を継ぐもの
ジェイムズ・P・ホーガン / James Patrick Hogan
池央耿

文庫本, 東京創元社, 1980/05

 SF好きな方には定番とも云える作品の一つだろう。『星を継ぐもの』は、本国イギリスでの発表が1977年、邦訳は1980年に刊行され、その翌年、さまざまなメディアの優れたSF作品に贈られる星雲賞の海外長編賞を受賞している。著者ジェイムズ・P・ホーガンは、これ一作で一躍スターダムにのし上がったという。

 人類が有人惑星探査を始めた近未来、月面に穿たれた洞窟で、宇宙服に身を包んだ一体の死体が発見された。綿密な調査の結果、その死体は現生人類、つまり我々とまったく同じ特徴を有していながら、死後5万年を経過したものであることが判明した。この男は何者か。地球上で進化した人類なのか、それとも他の惑星から来た未知の生命体なのか。あらゆる分野のトップクラスの科学者がその謎の究明にあたり、議論百出、百家争鳴、世界中が騒然とする。そんな中、今度は木星の衛星ガニメデで、明らかに地球のものではない巨大宇宙船と、地球上の生物とはまったく系統の異なる生物の死骸が発見された。宇宙船は、2500万年前に難破したものだった……。

 月面で死体が発見される場面は、映画『2001年 宇宙の旅』に登場するモノリスを連想させる。この本の解説によれば、こうした仕掛け自体は、SFにおいてさほど珍しいものではないらしい。しかしこの作品は、SFとして見ても、またミステリとして捉えても、思わずわくわくしてしまうような読みごたえがある。何がすごいと云って、科学者たちがその「事件」を調査していくプロセスの描写が本格的である。たとえばこうだ。
「現在わたしどもの進めている化学分析で、チャーリー(月面で発見された死体につけられた愛称:引用者注)の細胞代謝の周期および酵素の作用の量的モデルを作る見通しが立って来ています。遠からず、血液、ならびに体組織中の老廃物および毒素の蓄積の速度が計算できるようになると思いますが、その結果から、自然な状態におけるチャーリーの睡眠時間と起きている時間を割り出せるでしょう。もし、その方法によって一日の長さがわかれば、他の数字もたちどころに量的に理解できるはずです」
「それがわかれば、惑星の公転周期も出るわけですね」誰かが言った。「しかし、惑星の質量はどうかな?」
「それはわかるんじゃないかな。チャーリーの骨格と筋肉の構造を調べてさ、体重と力の比率を出せばいいんだ」別の誰かがすかさず言った。
(中略)
「惑星の質量はチャーリーが携帯していた装置や器具のガラスとか、結晶性の素材からだって求められますよ。結晶構造を見れば、それが冷却した時の重力場の強さがわかるじゃあないですか」
 こうした科学的な記述をたどるにつれ、これは実際にあり得る話なんじゃないか、とさえ思えてくる。もちろん厳密に科学的な立場から見れば、こうした記述には虚も実もあるだろう(揚げ足を取るわけではないが、現に、ガラスは結晶構造を持たない非晶質の物質である)。しかし、小説におけるリアリティというのは、それがどれだけ現実に即しているかではなく、どれだけ本当らしく聞こえるかにある(と評者は思う)。奇想天外な筋立てでありながら真に迫るリアリティを持った作品もあれば、実際にあってもおかしくない話なのに見るからに作り物臭い作品もある。この作品は、現実と虚構との狭間の虚実皮膜の面白さを見事に形にしている。「そこがSFでさあ」と、読者に「お約束」として納得してもらおうなどという姿勢は微塵も感じられず、その徹底した主観的リアリズムが、この作品の迫力をいやがうえにも増幅する。

 科学者たちによっていくつもの推論が提示され、そのたびにそれに対する反証が見つかる。さまざまな矛盾は一向に解消されず、謎はさらに混迷を深めていく。しかし、複雑に絡み合ったすべての謎が、最後にあっと驚く結論に収斂する。もちろんそれは、読者が鼻白んでしまうような都合のいい辻褄合わせなどではなく、見事なまでに論理的で説得力のある帰結である。ここに至って初めて読者は(というか、少なくとも評者は)、それまでにさまざまなヒントが散りばめられていたことに気づく。正直に云って、エンターテインメント小説としての結構には多少の粗がないでもないのだが、とにかくこの、すべてが腑に落ちる瞬間のカタルシスといったら……ない。

 科学的な記述は一見難しそうに見えるかもしれないが、池央耿の訳文は淀みなく滑らかで、理科系の話は苦手という方でも、読むのに苦痛を感じるということはないだろう。もちろんそうした話が好きな向きにはこたえられない作品に違いない。SF好き、ミステリ好きな方はもちろん、小説好きなすべての方にお薦めしたい。

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この記事へのコメント

私もつい最近、この本、読みましたー。
Amazonのランキングで上位にあったので、買ってみたのですが
そうか!大森望の本に掲載されたからランキングの上位だったのですね。
しかし、私も大森望のその本を持っているのに
『星を継ぐもの』には全然、気がつかなかったです!
>あるいはあり得る話なんじゃないか
ですよね。
SFというと「そんなバカな」という話も少なくないのですが
これに関しては、もしかしたらそうだったのかもと
思えてしまう。
このシリーズはガニメデ三部作といって
あと二作あるそうですよー。
私の感想、TBさせてくださいね。

Posted by LIN at 2006年09月05日 10:09
コメント、TBありがとうございます。

まずお断りなのですが、上の文章、さすがに引用が長すぎたので、その後、それを一部削除、同時に細部にちょっと手を加えて「書評」に昇格(?)させました。ご了承願います。

それから、実を云うと、大森望の『特盛! SF翻訳講座』には、この作品に言及した部分はありません。佐吉がそこで触れられていた他の作品についてAmazonで調べていたら、『星を継ぐもの』が目に留まったという次第でして…。わかりにくい書き方ですみません (^。^ ゞ

えと、佐吉がこれまでSFを敬遠していた理由の一つに、自分の視点をどこに置いて読んだら良いかわからない、というのがありました。たとえば、作品に宇宙人が登場したとして、それがその物語世界においてどれくらい驚くべきことなのか、あるいはごく当たり前のことなのか、その辺がどうにもぴんとこない、というようなことが何度かあって…。

『特盛! SF翻訳講座』でも触れられていたかと思いますが、SFにはある程度の「お約束」があるものです。けれど、佐吉のような門外漢はそんなことは知らないから、どうしてもそこで戸惑ってしまう。そういうところが敷居を高くしていたんじゃないかと思います。

そうした意味で、この作品は門外漢でもすんなり物語世界に入っていける作品でした。著者ホーガンの科学に関する知識には舌を巻きました。これを読んで佐吉は、SFも悪くないな、と思うようになりました。続編もちょっと気になるところです。

Posted by 佐吉 at 2006年09月05日 20:24
初めてコメントします。ブログ村からきました。
「星を継ぐもの」、とても懐かしいです!
自分が高校くらいの時に読んだのですが、難しくて何だかよく分からなくて。SFもそんなに得意じゃないので、よけいに。
それでも最後の1ページを読んだときに、そういうものが全部吹っ飛びました。
それから2回くらい、読み返したでしょうか(でもその度に、分からないイライラを繰り返してはいたのですけど)
今はもう手元に本がないのですが、また入手して読んでみようかと思います。
記事を読ませていただいて、懐かしさにひたってしまいました。有難うございました。

Posted by 瀬川未久 at 2006年09月10日 15:58
瀬川未久さん、はじめまして。コメントどうもありがとうございます。

『星を継ぐもの』は、邦訳の刊行が1980年、原書が1977年だから、もう30年も前の作品になるのですね。日本では、ちょうど『機動戦士ガンダム』が放映されていた時代。「懐かしい」という感慨を持たれる方が多いのも頷けます。

佐吉は、上にも書いたとおり、つい最近これを読んだのですが、ちっとも古いという感じがしませんでした。一時的に話題になっても、ほんの数年も経つと古臭くなってしまい、誰も見向きもしなくなる、という作品もあるものですが、良い作品というのは、息の長いものなんだな、と、この本を読んであらためて感じました。

以前に感銘を受けた作品を、何年か経ってから読み返すというのも、当時とは違った印象を受けたりして、また楽しいでしょうね。

Posted by 佐吉 at 2006年09月11日 19:58

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