2006年09月11日

成功する読書日記 / 鹿島茂 [読書日記]

成功する読書日記成功する読書日記
鹿島茂

単行本, 文藝春秋, 2002/10

 あるいはタイトルから、「こうすれば必ず出世する」とか「オレはこうして成功した」とかいった、ビジネス書や生き方指南書の類を想像された方もいらっしゃるかもしれない。が、そうではない。本書は、1998年から2001年にかけて雑誌『週刊文春』に連載された著者の「私の読書日記」を収録し、あわせて読書日記をつけることを通して読書をより充実したものにする方法を説いたものである。著者は、フランス文学者にして翻訳家、エッセイストとしても知られる鹿島茂。彼の「読書日記」で紹介されている書籍も、ほとんどが人文系のそれである。

 さて、佐吉がこのブログを開設してから一年半になる。更新は平均して月に数回という怠慢きわまりないブログだが、それでも佐吉は佐吉なりに、さまざまな書籍について、書評(と自分では思っているもの)や雑感やその書籍に関連した身辺雑記などを書き散らしてきた。本を読んで何かしら感じるところがあれば、それを誰かに伝えたいと思う。しかしいざそれを実行しようとすると、今に至るも何をどう書いたら良いのかさっぱりわからない。わからないままに佐吉はこうして駄文を晒し続けている。だからいきおい書店でもこうしたタイトルに目が行く。そうして見つけたこの本は、佐吉にとって案外掘り出し物だった。

 この本では、『週刊文春』連載の鹿島自身の読書日記を「成功する読書日記・実践編」と位置づけ、それに先立って読書日記の効用を説明した「入門編」が置かれている。そしてこの30ページにも満たない、きわめて平易な文章で書かれた「入門編」が、佐吉のように曲りなりにも書評系のブログを持つ人間には、実に貴重な示唆に富んでいる。鹿島は「読書日記」についてこう語る。

 まず、読んだ本についてタイトルと著者名を書きとめておくようにする。最初はそれだけで良い。そうすることによってコレクター心理が刺激され、おのずと読書量が増え、読書の内容についても体系化への志向が生まれる。するとやがて、(たとえばSF、ミステリといった)一つのジャンル内での類似と差異が意識されるようになり、そこで「量」から「質」へ、つまり「具体」から「抽象」への転換が起こる。そしてさらにそれが他のジャンルに拡大すれば、今度はジャンル間の類似と差異に意識が向かい、より大きな「小説」という形式に考えが及び、延いては「文学」そのものについて考えるようになる。読書においてはまず何より「量」が大切である。それによって批評眼と鑑識眼が養われるのである、と。

 佐吉はまさに目から鱗が落ちる思いがした。佐吉は、自己紹介にもあるとおり、読書量は決して豊富でなく、またそのことに頓着したこともなかった。「今月何冊本を読んだか」などとおよそ考えたこともなく、読んだ本について何の記録も残さないことも珍しくない。なるほど、こんな漫然とした読書の仕方では「量」が増えるはずもなく、ましてや「量」から「質」への転換など起きようはずもない。

 本の内容に話を戻す。さて、そうして「量」が増えてくると、自然、タイトルと著者名だけでなく、読んだ本について感想なり批評なりを書き残しておきたいと思うようになる。しかし鹿島は、この時点ではまだそうするべきでないと云う。いきなり長大な書評などを書き始めたら、それが負担となって読書日記が長続きしない、つまり肝心な「量」の拡大が阻害されてしまうからである。

 鹿島は、感想や批評を書くことより、まず印象に残った部分を引用することを勧める。『百の批評よりも一つの引用』。それによって本の内容だけでなく著者の文体や癖なども残しておくことができる。さらに彼は、そこから、引用だけで内容を要約する「レジュメ」、そして自分の言葉で要約する「コント・ランデュ」へと進み、『批評という大それた行為』はそのあとの話だと説く。「レジュメ」や「コント・ランデュ」はすなわち本の内容を正しく理解するということであり、批評はそうした理解の上に立って初めて意味を成すからである、と。

 何から何まで耳の痛い話である。にわかに、自分がこれまで書評として書いてきた文章は、単なる誤読の産物でしかなかったのではないかと思えてくる。読んだ本について書評なり読書日記なりを書こうと思いながら、それを上手くまとめることができず、結局何の記録も残せないということが多かったのも、ろくに理解もできていないくせに、「気の利いたことを書いてやろう」などと気負っていたからだと気づかされる。こんなブログを続けていながら、佐吉はそもそも基本がわかっていなかった。

 「入門編」の内容を踏まえて次の「実践編」を読むと、なるほど鹿島の「読書日記」は、本の要約の仕方、引用の仕方が実に上手い。いずれも日記の体で書かれたわずか数百字程度のコラムなのだが、それだけで、内容のみならず、その本の持つ雰囲気さえも伝わってくる。読んでみたいと思う本もたくさんあったし、彼の「日記」を読んだだけで、その本自体を読んだような気になってしまうことも少なくなかった。佐吉ごときがこれを参考にしようなどとはおこがましい。気がつけば、佐吉はあくまで一読者として、自分の読書のためのブックガイドとして、この「実践編」を読んでいた。

 「入門編」ではまた、本の選び方やどこでどう読むかなどに触れており、さらに「入門編」、「実践編」の後には、『あとがきにかえて』理想の書斎についてのエッセイが収められている。これもなかなか面白かった。

 上に要約した内容などは、ウチのブログなどよりはるかに立派な書評・読書日記系ブログを書かれている方にとっては、あるいは当たり前のことなのかもしれない。しかし少なくとも佐吉には得るところが多かった。早速今日から、読んだ本について記録を残すなり、印象に残った部分を抜書きするなりしてみようと思う。もちろん、無理をせずに。

関連(するかもしれない)記事
ある共通項 -読書論を読む- [読書日記]
ブックレビュー・コンテスト応募顛末 [雑記帖]
読書感想文? 読書感想文はここにはないよぉ [雑記帖]

関連(するかもしれない)書籍

この記事へのコメント

佐吉さん、こんばんは。
記事を拝見して、わたしにもかなり痛い部分が多々…
どころじゃなく、すべてが根本がぐらついております。
書評できないから、敢えて“読書日記”と謳っておきながら、
いざ、サブカテゴリーを選ぶとしたら、“読書日記”に入りたくなく…(笑)
“読書記録”という曖昧な言葉に逃げてしまったばかりでしたので。
特に、痛かったです。自分のブログをどう謳うべきか、
しばらく悩む日々になりそうです。

Posted by ましろ at 2006年09月13日 22:00
初めまして。
私も佐吉さん同様、海外の現代文学が好きです。
特に、新潮クレストブックスは。
このような書評Blogに出会えて、大変嬉しいです。
今後も覗きにくるので、頑張って下さい。

Posted by ルル at 2007年01月22日 19:08

コメントを書く
お名前: [必須]

メールアドレス:

ホームページURL:

コメント: [必須]



この記事へのトラックバック


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。