2007年03月09日

字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ / 太田直子 [書評]

字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ
太田直子

新書, 光文社, 2007/02/16

 太田は、これまで千本以上の映画の字幕を手がけてきた字幕翻訳者である。本書は、そんな彼女が映画翻訳の舞台裏や、言葉に携わるものとして気になる日本語の用法のあれこれについて語ったエッセイである。

 字幕翻訳の、他の分野の翻訳と最も大きく異なる点は、その字数制限にある。スクリーン上に表示できる字数には限りがあるし、字幕は役者が台詞をしゃべっている間に、観客が読みきれるものでなければならない。太田によると、観客が読める字数は、一秒間にわずか四文字(!)なのだという。

 また映画字幕には、一般的な観客にわからない専門用語や難読漢字は使えないし、禁止用語にも気を配らなければならない。人称代名詞の選び方も大事だし、原語の語順を考慮しなければならない場合もある。文化の違いも厄介な問題だし、さまざまな専門知識も求められる。そうした特殊な制約や要求のもと、大切な情報やニュアンスを、映画のイメージに沿って、ほんのわずかな字数で伝えてゆく字幕翻訳者の奮闘ぶりを、太田は小気味良いテンポで綴ってゆく。

 字幕翻訳ではなく吹き替え翻訳の話だが、「口合わせ」というのがあるのを、評者はこの本ではじめて知った。たとえば映画で登場人物が"No!"と叫んでいるとき、スクリーン上で彼の口は「お」の形になっている。そこに「よせ!」とか「だめだ!」とかいう吹き替えをあててしまうと、観客は違和感を覚える。なので、そこでは「やめろ!」を選択する。それが「口合わせ」である。なるほど。

 そして一方で、字幕翻訳者としての視線を絡めつつ、誰もがしばしば耳に(あるいは目に)する日本語の乱れについて語ったくだりも面白い。

 ときに、「近頃の若者の言葉遣いはなっとらん」という物云いは、太古の昔からあったと聞く。が、最近とみに日本語の乱れや国語力の低下を指摘した書が目立つのは、ひとつには携帯メールやブログなどのメディアの発達と普及に関係があるのではないか、と評者は考えている。つまりそれらのメディアの手軽さによって、書くことや話すことにさほど意識的でない人たちが言葉を公に発する機会が増え、そうした「編集されていない」言葉が、今度はメディアの力によって、悪貨が良貨を駆逐するがごとき勢いで波及し、それゆえ誰もが否応なしにそれらに出くわす機会が増えたからではないか、と。

 ともあれ、比率でいえば少数派かもしれないが、母集団を日本人全体とすれば、言葉の乱れが気になる人の個体数は、相当なものになるはずである。多少なりとも言葉に関わる仕事をしている人や、意識的に読んだり書いたりする生活を日常的に送っている人たちに限れば、少数派どころか多数派かもしれない。曲りなりにも翻訳を生業とする評者もまた、そうした乱れた日本語を見聞きするたび、居心地の悪さを感じる者の一人である。だからこうして、自分が普段歯がゆく思っていることが、誰かの言葉で活字になっているのを見ると、少なからず溜飲が下がる思いがする。

 文法破綻・意味不明・内容お粗末なメール文、(笑)や「!」や「?」の濫用、「だ捕」、「誘かい」、「そ上」などの漢字とひらがなの混ぜ書き……。それらをばったばったと切り捨ててゆくさまは痛快だ。太田は「させていただく」の不必要な多用を嘆き、さらにその誤用を糾弾する。
 「作らさせていただく」(某TV番組で某男性アイドルが言う決まり文句:引用者注)がいつまでも修正されず苛立っていたころ、いつも行くショッピングビルのガラス扉に、こんな休業広告が張り出されていた。
 「明日は休まさせていただきます」
 わたしは錯乱し、ガラス扉を蹴破らさせていただきたい衝動に駆られさせていただいた。
 その気持ちはよくわかる。思わず大きく「頷かさせていただいた」。

 他にも、「涙」、「感動」、「泣ける」が最大の宣伝文句となり、何よりわかりやすいことがもてはやされる風潮の中、日本の配給会社が、外国映画を売るために、その本来の趣旨を曲げてしまうような字幕操作をしていることなど、映画業界の裏事情ものぞけて、嘆かわしくも興味深い。

 文体には変に気負ったところやかしこまったところがなくて読みやすく、一方で、その文量から想像する以上の読みごたえがある。お買い得な一冊である。

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太田 直子 字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ  限られた字数の中で、できる限り原語と同じくらいの情報を示そうと、日々、奮闘されている字幕屋の太田さんが、その日常で感じていることや..

〜Books Journey〜 at 2007-04-15 22:01

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