![]() | 裁判長!ここは懲役4年でどうすか 北尾トロ 文庫本, 文藝春秋, 2006/07 Amazon | |
2004年の「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」の成立を受け、来る2009年、日本で裁判員制度が導入される。あなたもわたしも(有権者であれば)、裁判員として法廷に赴く日がいずれやってくるかもしれない。とはいえ、まだほとんどの人にとって、法廷とは、映画やTVの画面を通してしか見ることのない、普段の生活からはおよそ縁遠い、そしてできればあまり関わり合いになりたくない場所ではないだろうか。少なくとも評者にとってはそうだ。
だから評者がこの本を手に取ったのも、裁判員制度の施行にそなえ、裁判についてもっと詳しく知っておかねば、などといった高尚な義務感に駆られたからではない。ただ単に、書店でぱらぱらとめくってみたら面白そうだったからという、いつもと変わらぬ理由からである。が、それらを読み終えたいま、評者は、裁判員を務めるのもわるくないかな、とさえ思っているのである。
著者の北尾トロは、オンライン古書店「杉並北尾堂」の店主にしてライター。主な著書に『ぼくはオンライン古本屋のおやじさん』、『キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか』、『怪しいお仕事!』、『気分はもう、裁判長』などがある。本書は、2001年から2003年にかけて、雑誌『裏モノJAPAN』に連載された『人生劇場』に加筆、これに書下ろしを加えたものであり、2007年4月には、その続編『裁判長!これで執行猶予は甘くないすか 』が刊行されている。
上の北尾のプロフィールからもある程度想像がつくだろうが、この本はあくまで興味本位に書かれた裁判傍聴記であり、そこには事件の背後に隠された真実に迫るとか、当事者の人生を見つめるとか、日本の司法制度に一石を投じるとかいった崇高な志は微塵もない。
もちろんそうした姿勢を不謹慎と捉える見方もあるだろう。しかし、日々報じられるさまざまな事件に対する人々の視線というのは、おおむねそういうものではないだろうか。悲惨な事件を目に、あるいは耳にすれば誰だって心が痛む。しかしだからといって、そのことが頭から離れなくなり、仕事や勉強が手につかなくなるということは、事件の当事者や関係者でもないかぎり、まずない。要するに他人事なのである。ニュース番組での報道にしても、キャスターは、眉間にしわを寄せてそうした事件を報じたかと思えば、その舌の根も乾かぬうちに、ぱっと表情を変え、スポーツの結果や明日の天気や、どこぞの動物園のアライグマの話題などを伝えているではないか。だから、真面目な社会派のドキュメンタリーやルポルタージュでないからといって、この本を不謹慎と切り捨てるのは、ちょっと狭量な気がする。というか、たかだか裁判を傍聴したくらいで、被告人の人生や日本の司法制度について語るなど、それこそ不謹慎というものだろう。
北尾は、もっぱら連載のネタを探すために、裁判を傍聴し始める。世に傍聴マニアと呼ばれる人たちは以前からいるし、またこの本にもそうした人たちがたびたび登場するが、北尾自身は裁判や司法に関してまったくの素人であり、その状態から次第に、そこで繰り広げられる「人間ドラマ」に魅せられ、裁判にハマっていく。本書は、だから「傍聴記」というより「傍聴体験記」と呼ぶほうがふさわしく、それゆえに読者も、彼と同じ目線で裁判を「体験」してゆくことになる。そしてそれこそがこの本の一番の面白さなのである。
交通死亡事故の裁判、被害者の遺族も傍聴するなか、あろうことかドクロマークのトレーナー姿で出廷する被告人。大勢の女子高生の見学に俄然ハッスルする裁判官。傍聴席にずらりと並んだ組員の手前、重い実刑判決にも不敵な笑みを浮かべてみせる暴力団の組長……。難しい法律用語が飛び交う厳粛な場だとばかり(少なくとも評者は)思っていた法廷で、道義的な善し悪しはともかく、ひどく人間くさいさまざまなドラマが展開されていることを、北尾は嬉々として綴ってゆく。
北尾の視線は、茶の間でワイドショーを見て「この犯人も可哀想よね」とつぶやく主婦や、ビール片手にニュース番組を見て「こいつ、いかにもやりそうな顔してるよな」とくだを巻くオヤジ、あるいは「他人事じゃないかもしれない」と身に詰まされるあなたやわたしと何ら変わるところがない。しかしそれだけに、法廷という場が一気に身近なものに思えてくる。野次馬根性で書かれていても、そこに描かれているのは、さまざまな、それもどちらかと言えばアブノーマルな人々の人生の機微である。本書を読んで、自分も一度裁判を傍聴してみようかと思うのは、決して佐吉だけではないだろう。
■ 関連(するかもしれない)記事
裁判官の爆笑お言葉集 / 長嶺超輝 [読書日記]




■ コメントを書く