2007年04月30日

空飛ぶ馬 / 北村薫 [読書日記]

空飛ぶ馬空飛ぶ馬
北村薫

文庫本, 東京創元社, 1994/03

 書評家岡崎武志の読書論『読書の腕前』(光文社新書)を読む。具体的な読書の仕方をあれこれ指南しようという、昨今ありがちなハウツー本ではなく、来る日も来る日も本とともに暮らす生活の中で、彼が思い、感じてきたことを綴ったエッセイである。なかなかの好著だった。いずれここであらためてご紹介したい。

 さて、この『読書の腕前』の中に、岡崎がおすすめの本を紹介した章がある。そう、佐吉がこの『空飛ぶ馬』を読んでみようと思ったのも、それによってである。面白いのは、それが「本の本」、つまり「本について書かれた本」を紹介したくだりにあったことだ。丸谷才一、谷沢永一、荒川洋治、高橋源一郎、長田弘、関川夏央、小林信彦という、錚々たるビッグネームの書評集や読書論、読書エッセイに混じって、なぜか一冊だけフィクションが取り上げられていた。それがこの『空飛ぶ馬』だったのである。

 『空飛ぶ馬』は、1989年に発表された北村薫のデビュー作である。北村は年齢も性別も明かさない覆面作家としてデビューし、それがため、当時多くの読者がその正体をあれこれ推理した。「北村薫」という筆名、その作風や文体、そして何より『空飛ぶ馬』が女子大生を主人公にした私小説であることから、作者もまた女性に違いないと考えた読者も多かったという。しかし、そう思うのも無理はない。今この作品を読んで、佐吉自身、あらためて「さもありなん」と思うのである。

 作品は、主人公であり語り手でもある「私」(名前は最後まで明かされない)と、彼女の大学の先輩にあたる落語家の春桜亭円紫(しゅんおうていえんし)とのコンビが活躍する、連作ミステリー短編集である。とは云っても、その後シリーズ化もされるこの作品は、二人が思いがけず不可解な殺人事件に巻き込まれ……といった話ではない。そこに描かれるのは、日常におけるふとした謎や疑問であり、それを安楽椅子探偵(アームチェア・デテクティブ)たる円紫が、理詰めで解明してゆくという物語なのである。ちなみに、このような犯罪捜査ではない日常生活の中の些細な謎解きの物語が、「日常の謎」と呼ばれ、推理小説の一ジャンルを成していること、そしてこの『空飛ぶ馬』が、日本におけるそのジャンルの嚆矢とみなされていることを、佐吉はあとで知った。

 「私」は文学部の2年生。国文科卒の父親の影響で、家にふつうにあったという黄表紙本を絵本代わりに読んで育ち、バッグから取り出すのはフローベールの『ブヴァールとペキシュ』、部屋で横になって読むのは『梁塵秘抄』、蔵王を訪れては宮本輝の『錦繍』を思い浮かべ、電車の中では中村真一郎の『読書好日』を読む、という生半可な本好きには逆立ちしても太刀打ちできない、筋金入りの読書家である。いきおい本文中のそこかしこで、そうしたさまざまな書物についての薀蓄が傾けられる。岡崎がこの本を「本について書かれた本」として紹介するのもゆえなくしてではない。

 とは云え、それらは決して衒学的な嫌味な記述ではない。物語には、ミステリーというよりむしろ、ときにもどかしいほどゆったりと語られる私小説のおもむきがあり、そうした薀蓄にしても、それ自体が「私」の心の動きにほかならないのである。そして物語に登場するさまざまな「日常の謎」もまた、そうした私小説的視点で解き明かされてゆく。そんな透明でさわやかな私的世界の中で、あくまで合理的な論理によって謎を解明して見せる手法は、北村ならではのものだろう。

 ところで、主人公が現役の女子大生という設定から、作中、何度かキャンパスの様子が描かれる。文学部キャンパスに体育館があり、そこからちょっと離れた理工学部にテニスコートがあること、あるいは体育の選択科目が抽選で決められる様子からして、そのモデルが北村の母校である早稲田大学であることはあきらかである。また「私」の住む「町」は、彼女が通学に日比谷線を利用していること、2つの「市」にはさまれ、国道4号が通っていることなどから、埼玉県杉戸町であると考えてまず間違いない。しばしば登場する「隣の市」はもちろん春日部市。学部こそ違うが佐吉も早稲田出身であり、実家に暮らしていた頃は、杉戸も春日部も日常生活圏の一部だった。それゆえ佐吉は、この作品の舞台をかなり具体的に思い浮かべることができた。

 また、さらに余談になるが、佐吉の知人に、北村が県立春日部高校の国語教師だった時代に北村の教え子だった人物がいる。かつて彼が北村のことをそこいらのおっさんのように語るのを聞いて、作品のイメージとのギャップに困惑すると同時に、ひどくうらやましく思ったことを、この作品を読んで思い出した。もちろんそれらはきわめて個人的な事情だが、そんなふうにして何かの作品に親近感を覚えるということも、ときにあるものなのである。

 ちなみに、その後すぐに、佐吉がこのシリーズの続刊を買い求めたのは云うまでもない。「円紫さんと〈私〉」シリーズ(現在5冊)は、いずれも高野文子がカバーイラストを描いている。それらを並べてみるのもまた愉しい。その感じの良いカバーを眺めていると、そうではないとわかっていてもなお、それらが、主人公の「私」と同じうら若き女性作家が書いた作品のように思えてくる。

夜の蝉
夜の蝉
北村薫
夜の蝉
秋の花
北村薫
夜の蝉
六の宮の姫君
北村薫
夜の蝉
朝霧
北村薫

読書の腕前読書の腕前
岡崎武志

新書, 光文社, 2007/03

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