2007年05月16日

ある共通項 -読書論を読む- [雑記帖]

読書の腕前読書の腕前
岡崎武志

新書, 光文社, 2007/03

 先の大型連休中とその前後、読書論、読書エッセイを何冊かまとめて読んだ。世に読書論や読書エッセイは山ほどあって、一冊読むとつい他のも読みたくなる。そうして連鎖的に読んだのである。読んだのは岡崎武志の『読書の腕前』(光文社)、永江朗の『恥ずかしい読書』(ポプラ社)、そして井上ひさしの『本の運命』(文藝春秋)である。

 いずれも、実践的な読書の仕方を指南したハウツー本ではなく、それぞれがそれぞれの読書生活を振り返ったエッセイの構えである。とは云え、どれにも少しはハウツー的なくだりがある。今どきこういう本は、そうした部分がなければ売れないのかもしれない。そんなハウツー的な記述に、少なからず共通したところが見られるのもまた面白い。

恥ずかしい読書恥ずかしい読書
永江朗

単行本, ポプラ社, 2004/12

 読書の好きな人は、常に面白い本と出会いたいと願っている。では、そうするにはどうすればいいか。もちろん情報収集の手段はさまざまあるが、一番確実なのは、(やり方として愉しいかどうかは別にして)信頼のおける読み手に、本の探し方についてのヒントを求めたり、ずばりおすすめの本を紹介してもらったりすることである。それが、このような読書論や読書エッセイを読んでみようと思う理由の一つでもある。いきおいこうした本で、それぞれが深い感銘を受けた本を、思い入れたっぷりに紹介したくだりを読むと、自分もそれを読みたい、読もう、読まなきゃ、という気になる。

 たとえば、佐吉がいずれは読もうと思っていながら、ずっと読まずにいたディケンズの『デイヴィッド・コパフィールド』を、先日ようやく買い求めたのは、『本の運命』の中で、井上がそれについて熱っぽく語っていたからである。

本の運命本の運命
井上ひさし

文庫本, 文藝春秋, 2000/07

 また岡崎と永江とは世代が同じせいか(岡崎:1957年生、永江:1958年生)、青春期に読んだ作家として、安岡章太郎、遠藤周作、吉行淳之介、庄野潤三、小島信夫、阿川弘之ら、いわゆる「第三の新人」たち、あるいはその直後にデビューした北杜夫などの名を共通して挙げていたりして、それもまた興味深い。佐吉が遠藤や庄野や小島や北を(もっぱら古本で)買い集めた、あるいは自宅に眠っていた彼らの作品を掘り起こしてきたのは云うまでもない。

 ところで、ホントに取るに足りないことなのだが、これらを読んでいて、佐吉はそこにある共通項があることに気づいた。いや、それは彼らの本の読み方とかおすすめの本とかいったメインコンテンツの話ではない。もっとずっと些細なことである。佐吉が気づいた共通項というのは、上の三冊のいずれもが、斎藤孝の著述に(ほんのわずかながら)触れていることである。

 斎藤孝といえば、2001年の『声に出して読みたい日本語』(草思社)の商業的成功によって、一躍「日本語ブームの仕掛け人」ともてはやされ、TVなどにもしばしば顔を出していた教育学者である。その斎藤の著述に彼らが触れた部分がちょっと面白い。以下、それぞれからその部分を引用してみる。まずは岡崎の『読書の腕前』から。彼が朝日新聞日曜読書欄の「ベストセラー快読」を担当していたときの話だ。
 その後も同欄では、村上春樹『村上ラヂオ』(大橋歩・画 新潮社、現在は新潮文庫)、山本有三『米百俵』(新潮文庫)、さだまさし『精霊流し』(幻冬舎、現在は幻冬舎文庫)、齋藤孝『声に出して読みたい日本語』(草思社)など、自分から「書評させてくれ」とは絶対に言わないような本ばかりを、思う存分、皮肉たっぷりの筆致で紹介してきた。
 次いで永江の『恥ずかしい読書』からは、本に線を引くことについて語ったくだり。
 斎藤孝さんは三色ボールペンで色分けして線を引くらしいけど、残念ながらどのように色分けするのか、肝心の斎藤さんの本を読んでいない私にはわからない。
 井上の『本の運命』からも、同じく本に線を引くことについて。斎藤の名は出てこないが、あきらかに彼の著述をほのめかした部分がある。
 僕の場合は本を読みながら、赤鉛筆かマーカーで、面白いとか「オヤッ」と思ったところに、どんどん線を引いていきます。わざわざ色分けなんかしなくてもいい。〈中略〉とにかく読んでるときに気持ちがちょっとでも動けば、それを全部丁寧に、いや乱暴にでもいいんですが、とにかく印を付けておきます。
 具体的な書名こそ書かれていないが、「色分けなんかしなくてもいい」という記述は、永江と同様、斎藤の『三色ボールペンで読む日本語』(角川書店)を意識したものとみて、まず間違いない。

 こうしてみると、いずれも決して好意的な書き方ではない。それはおそらくこういうことだ。つまり、斎藤は滅多矢鱈と日本語や読書や教育についての本を出し、しかもそれが巷間で結構売れている、だから彼らとて気にはなる、しかし実際にぱらぱらめくってみると大したことは書いていない、試しに読んでみたらやっぱり大したことはなかった、それらはおよそ読むに値するものではない。上の引用から、岡崎や永江や井上がそう考えていること、あるいはさらに、そのことを「声に出して」云いたいと思っているだろうことは、容易に想像がつく。

 もっとも、そうは云っても、佐吉はあくまでそう思うだけである。佐吉もやはり斎藤の著作を読んでいない。したがって、斎藤について多くを語る資格はない。

 ちなみに佐吉は、斎藤の著書を一冊だけ持っている。というか、あるとき持っていることに気づいた。それは斎藤が『声に出して読みたい日本語』でブレイク(?)する以前の2000年に出した、『身体感覚を取り戻す−腰・ハラ文化の再生』(日本放送出版協会)という本である。「持っていることに気づいた」と云うのはもちろん、それがずっと佐吉にとって積まれたままの本だったからである。

 この『身体感覚を〜』についてのみ云えば、佐吉は今でもそれを面白そうだと思っているし、いずれは読みたいとも思っている(実家に置いてあるのですぐには読めない)。だが、『声に出して〜』以降の斎藤の著作にはおよそ興味が湧かない。TVのバラエティ番組などで見る彼の言動から、それらはいわゆるビジネス書、実用書の文脈で捉えるべきものだろうと想像されるからだ。

 閑話休題。ことほど左様に、多くの文筆家に端から相手にされていないことが窺える斎藤だが、実は、それを敢えて取り上げ、ばっさり斬り捨てた人物がいる。誰あろう、書誌学者にして文芸評論家、かの文壇の重鎮、谷沢永一その人である。

本はこうして選ぶ買う本はこうして選ぶ買う
谷沢永一

単行本, 東洋経済新報社, 2004/01/17

 谷沢の著述は膨大である。読書論のみに限ってもこれまでに数多の著書をものしている。佐吉はいま、その中から2004年に出された『本はこうして選ぶ・買う』(東洋経済新報社)を、上の3冊に続けて読んでいる。谷沢は、9章からなるこの本の1章をわざわざそのために割いたうえで、「斎藤孝『読書力』の検討」と題して、斎藤を痛罵している。曰く、
 この人は生来、説教癖があるらしく、本は別に読まなくてもいい、という考え方に猛反対して、読書は是非とも習慣化すべき「技」であるとまで頑固に言い張っている。〈中略〉斎藤孝はまだ若いから、世間経験に乏しいのかも知れないが、世には多くの本を読んで誇り衒う役立たずの奴も少なくない。逆にほとんど本を読んでいないが、人格が立派で有能な人が珍しくない。
 さらにこうくる。
 斎藤孝の惹句(キャッチフレーズ)は「単なる娯楽のための読書ではなく」という、四角四面、羽織袴、まことに窮屈なお説教である。それなら何を読むべきか。御指示の程度がいかにも低いことはあとで紹介しよう。兎にも角にも、娯楽がイケナイとは恐れ入った。私にとって読書は何よりの娯楽である。放っといてもらおうではないか。
 とどめはこうだ。
 左様、斎藤孝にはホンモノとニセモノの区別がつかないのである。羽仁五郎の『ミケルアンジェロ』を高く買っているようでは、売名も真摯も一緒くたにする錯乱である。私は羽仁五郎を一行でも賞める人に、読書について、学問について、一言も語る資格はないと思っている。
 谷沢の羽仁に対する見解はさておき、かつて山口瞳をして「鬼の谷沢」と呼ばしめたその辛辣ぶりは、齢74(当時)にしてなお健在である。しかし同時に、谷沢永一ともあろうものが、斎藤孝ごとき(オイ)に何もそこまでムキになることもなかろう、とも思う。そもそも谷沢と斎藤とでは横綱と幕下ほどにも格が違う。そんなものは捨て置けばよかろうと思うのである。が、そこで黙っていられないのが谷沢の谷沢たる所以なのだろう。正直に云って、この章はなかなか痛快だった。なお、『本はこうして〜』そのものについては、こんな話のついでに語れるものではないので、他日を期す。

 と、まあ、以上、斎藤孝の著作がいかにくだらないかという話になってしまったようだが(というか、なってしまったが)、上にも書いたように、佐吉は斎藤の著書を1冊も読んでいない。それであれこれ云うのは浅薄というものだろう。こんなふうに他人の説を聞いただけで物事の良し悪しを判断してしまうことを「耳食(じしょく)」というのだと、先日読んだ北村薫の『夜の蝉』で知り、佐吉はひとつお利口さんになったばかりだ。

 今度実家に行ったときに、『身体感覚を〜』を書庫(とは名ばかりの物置)から引っぱり出してこようと思う。まずは読まなければ何も語れない。『読書力』や『三色ボールペン〜』についても、ブックオフで売っていたら、買って斜め読みしてみてもいいかもしれない。もちろんそれは、105円で売っていたらの話だけどね。

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