2007年06月20日

あなたに似た人 / ロアルド・ダール [書評]

あなたに似た人あなたに似た人
ロアルド・ダール / Roald Dahl
田村隆一

文庫本, 早川書房, 2000

 ロアルド・ダール『あなたに似た人』を読む。

 ダールは、『チョコレート工場の秘密』などの児童文学作品でつとに有名だが、同時に、しばしば「奇妙な味」と評される、独特のブラック・ユーモアに満ちた短編小説でも知られる鬼才である。『あなたに似た人』は、1953年に発表されたダールの初期の短編集であり、巷間ではこの作品をもって、彼の代表作、最高傑作とする声も高い。

 ダールの作品世界については、作家都築道夫の言が的確である。本書の訳者あとがきで田村隆一が引用しているので、ここに孫引きしておこう。
 「ダールは大ざっぱに言って、ふたつのテーマしかあつかわない。賭博に打ちこむ人間たちの心の恐しさ。それと人間の想像力の恐しさ、つまり、実際にはなんの現象もないところでも、人間があつまるとその想像力から、こんな恐しいことも起るのですよ、という恐しさ。このふたつのテーマである。(送り仮名は原文のまま)」
 都築はまた、本書に収録された『南から来た男』を「前(者)のテーマの傑作であり、本書随一の傑作」と評する。ちなみに『南から来た男』は、鶴見俊輔、安野光雅、森毅、井上ひさし、池内紀編「新・ちくま文学の森」にも採られており(〈9〉『たたかいの記憶』、1995)、また早川書房のミステリ・マガジン2007年3月号では、作家・評論家・翻訳家らへのアンケート調査による、ミステリ小説オールタイム・ベストの短編部門1位に選ばれている(Wikipediaより)。

 収録されている短編は全部で15編。殺人の絡む話も二、三あるが、おおむねどの作品においても、さほど大きな事件は起こらない。表面上は何も起こらない話さえ少なくない。プロット自体は必ずしも奇を衒ったものではない。

 しかし読み進めていくと、いつの間にか、狂気のスイッチが音もなく入れられている。気づいたときには、読者はジェットコースターに乗せられていて、コースターはすでに動き出している。コースターがゆっくりと坂を上ってゆく。ダールの深遠な黒い世界が眼前に迫ってくる。けれど読者はもはや、降りることはおろか、目を逸らすことさえできない。

 なんでもない一場面が、人間の想像力というフィルターを通した途端、異様で奇怪な光景へと変貌する。それは、ときに禍々しく、ときにおぞましく、ときに愚かしく、ときにユーモラスである。ダールは、人間の内奥に潜む狂気を、読者にまざまざと見せつける。

 しかもその様は、まるでポケットからコインでも取り出すかのようにさりげない。そしてそのことが何よりも怖い。なぜならそれによって否応なく、自分のポケットにもそれと似たものが入っていることに気づかされるからだ。そう、それぞれの物語の主人公はみな、「あなたに似た人」なのである。

 これらの作品によく似た結構で、しかももっと仕掛けに凝った他の作家の作品を、いくつか読んだことがあるような気もする。しかしおそらくそれは、ダールの作品に触発された、あるいはヒントを得た後の時代の多くの作家たちによって、彼の作品が模倣されたということの証左に他ならないだろう。発表からすでに半世紀が経っているが、一つひとつの短編が放つ異彩は、今もまったく色褪せていない。

Someone Like YouSomeone Like You
Roald Dahl

ペーパーバック, Penguin Books Ltd, 1973/12/13


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