2007年07月02日

あやしい本棚 / 中野翠 [読書日記]

あやしい本棚あやしい本棚
中野翠

単行本, 文藝春秋, 2001/04

 中野翠の『あやしい本棚』(2001)を読む。先日Yahoo!オークションで、「本棚セット」と称して、川本武の『本棚が見たい!1〜3』(1996〜1998)、唐沢俊一の『カルトな本棚』(1997)と抱き合わせで出品されていたのを落札したものである。

 ちなみに『本棚が見たい!』と『カルトな本棚』は、それぞれタイトルのとおり、さまざまな知識人やカルトな人々の本棚を取材し、あわせて各人の読書論を紹介したものだが、『あやしい本棚』はそうした「本棚拝見本」ではなく、さまざまな雑誌や新聞に掲載された中野の書評集である。

 中野翠については、佐吉は名前こそ知っていたが、その著作を読んだことはなかった。もちろん今回の落札に関しても、中野の本が目当てというわけではなかった。が、それは思いがけず、他の4冊以上にめっけものだった。

 中野は、辛口の評言で人気の高い時評コラムニストである。読んでみると、なるほど確かにその語り口は歯切れがいい。わずかな字数でずばっと核心に切り込み、自らの意見を忌憚なく語っている。毒舌、辛口と云われるが、決して攻撃的な文章ではない。おそらくそれは、彼女の物事を判断するものさしが明確で、また彼女自身、そのことに自覚的だということだろう。否定的な評言にしても、それは相手(あるいは対象)を嘲罵するためのものではなく、自身の考えを明確に伝えるべく、彼我の違いを明らかにするためのものであるように思える。本書の、「まえがき」も「あとがき」もない素っ気ない構成には、云いたいことはすべて本文で云っているから云い訳はしない、というある種ストイックな潔ささえ感じられる……と云ったら持ち上げすぎか(笑)。

 それぞれの書評の中で、時折、彼女の自意識の強さが顔をのぞかせることもあるが、それも必ずしも嫌味なものではない。一方で下世話な、あるいはミーハーな感覚も失っていない(ちなみに中野の最新刊は『斎藤佑樹くんと日本人』(文春新書)である)。「ものさし」の合う人ならきっと、「わが意を得たり」と膝をたたく部分がいくつもあるに違いない。たとえばこんな調子だ。
 実は私はかねてから一つの不満を抱いていた。それは、なぜ「ものずき」は「勤勉」とセットにならなければいけないのか!? ということだ。「ものずき」と「勤勉」が結びつくとマニアとかおたくと言われ、面白かったり立派だったりする作品を生み出すものだが、「ものずき」と「ものぐさ」が結びついてもろくなことはない。私はこの結合パターンなので苦悩してしまうのだ。
『ウはウミウシのウ』(宮田珠己著)書評より
 熱心な読者が多いのもうなずける。佐吉にとっても、『あやしい本棚』はブックガイドとして大いに参考になった。中野が特に関心を寄せる映画や落語の本を特集した章や、彼女が若い頃(失礼!)に読んだ本についてのコラムもあり、本書全体を俯瞰すると、そこに中野翠という人物が浮かんでくるようでもある。佐吉は彼女本人にも興味を覚え、中野の他の書評集やコラム集(の古本)を何冊かネットで注文した。

 こうして、佐吉自身の「あやしい本棚」も、またその「あやしさ」を増してゆくのである。

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