![]() | ナターシャ デイヴィッド・ベズモーズギス / David Bezmozgis 小竹由美子 単行本, 新潮社, 2005/04/01 |
デイヴィッド・ベズモーズギスは、1973年、旧ソ連時代のラトヴィアにユダヤ人の子として生まれ、6歳のときに両親とともにカナダに亡命している。バルト海に臨む小国ラトヴィアでは、第二次大戦中のナチス・ドイツの占領下で、またその後再併合されたスターリン政権下のソ連で、多くのユダヤ人が迫害を受けてきた。この作品は、そんなベズモーズギス自身の家族をモデルに、カナダに暮らす移民家族の生活を、息子の視点で描いた自伝的連作短編集である。
主人公マークの父親は、故国では上量挙げソヴィエト代表のコーチとして特権階級にあった。しかしその一切を捨て、言葉さえ通じない国で生活を一から築いていこうとする彼とその家族は、移民先のカナダでいきおい苦しい生活を強いられ、加えて移民であるがゆえのさまざまな痛みや哀しみ、怒りや屈辱を経験する。いずれの作品にも、マークの家族とともに、彼ら以外のユダヤ系の人びとあるいはソ連の人びとが描かれていて、そこに、一家族の物語に留まらない、ユダヤ人としての、あるいはロシア系移民としての哀しみが浮かび上がってくる。
しかしベズモーズギスの筆致は、それを声高に訴えるのでなく、そんな家族の生活の印象的な断片を切り取り、それを物静かに提示するだけである。またこの物語は、家族の物語であると同時に、マークの成長を描いた物語でもある。少年が子供から大人へと成長してゆく過程で体験するさまざまな痛みもまた、そこに鮮明に描かれている。
冒頭の『タプカ』では、幼いマークとその従姉が、ふとした慢心から、同じくソ連からの移民である老夫婦の最愛の犬に重症を負わせてしまう。取り返しのつかない過ちへの後悔と、少年が初めて経験する罪の意識とが生々しく伝わってくる。また『世界で二番目に強い男』では、ソ連の重量挙げチームがカナダを訪ね、マークはかつての憧れのチャンピオンと再会する。が、そこで彼は苦い現実を味わうことになる。そしてマークの父もまた、かつての同僚と再会し、そこに故国を捨てた者の哀しみと、故国にしがみつくことしかできなかった者の悲哀とが、鮮やかな対比を見せる。
表題作の『ナターシャ』では、思春期を迎えたマークは、年下でありながら老成した従妹ナターシャに性の手ほどきを受け、次第に彼女に魅かれてゆく。が、彼は奔放な母親から彼女を救ってやることができず、手痛いしっぺ返しを喰らうことになる。それが自分の優柔不断ゆえであったと気づく姿が、まるで少年から大人への通過儀礼のように描かれ、読者に鮮烈な印象を残す。
そうした痛みは、きっと誰もが経験しているはずである。マークの痛みは読者それぞれの具体的な痛みの記憶と強く共鳴するに違いない。そしてそれを通して、移民としての彼らの哀しみもまた、明確な手触りを伴って伝わってくるだろう。移民である彼らは、自分たちが何者なのか、移住によって何を得、何を失ったかを否応なく強く意識させられるはずであり、そうした背景から生まれる心情が、マーク自身の物語とまるで表裏の関係にあるかのように、互いに響き合い、互いの印象を深めている。
だがこの作品は、決してそのような痛みや哀しみを伝えるばかりではない。それと同時に、物語全体に深い慈愛が満ちていて、読後にはどこか温かい気持ちに包まれるのである。あるいはそれもまた、異郷にある彼らだからこそのものなのかもしれない。移民という云わば特殊な人びとの物語が、少年の、そして家族の物語として見事な普遍性をもって立ち現れる。完成度の高い作品である。
![]() | Natasha and Other Stories David Bezmozgis ペーパーバック, Jonathan Cape, 2004/08/12 |





いつも拝見しています。
この本の社会的背景になっている世界がとても新鮮でした。
押し殺したような感情描写に引き込まれていくようで。
それなのに鮮明な映像が見えてくるような不思議な小説でした。
「ナターシャ」は、自身、移住を経験しているベズモーズギスだからこその作品なのでしょうね。抑制の効いた筆致で、私小説のような形をとりながら、そこに民族としての痛みや哀しみが鮮やかに浮かび上がる。佐吉にとっても、とても印象深い作品でした。
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