2005年03月09日

放浪の天才数学者エルデシュ / ポール・ホフマン [書評]

放浪の天才数学者エルデシュ放浪の天才数学者エルデシュ
ポール・ホフマン / Paul Hoffman
平石律子

単行本, 草思社, 2000/03

 家庭も財産も持たず、身の回りのわずかな品物を詰めたスーツケースを手に世界中を飛び回り、常に多くの仲間と問題を共有したハンガリーの天才数学者ポール・エルデシュ。この本はそんな彼の生涯や彼を取り巻く数学者たちのことを綴った一冊である。

 エルデシュは、数学以外のことには一切関わろうとせず、一日に19時間数学の問題を解き、83歳でその生涯を閉じるまでに実に1475本の論文を発表した。しかもそのいずれもが重要な論文であるという。が、この本を、彼がいかに傑出した天才だったかという話として読むなら、それは単にそういう人物がいたというだけの話にすぎない。本書が読者に強い印象を残すのは、ここに、彼がいかに周囲の人々に愛されていたかが、実に活き活きと描かれているからである。

 彼の残した論文の膨大さもさることながら、そのうちの1000本以上が、485人にも及ぶ他の数学者との共著であることにはさらに驚かされる。数学者たちの間にも、他の世界と同じように先陣争いはある。『定理を解くのがわしでなければ、だれも解かないほうがましだ』という数学者さえいるほどだ。しかしエルデシュは、発想や洞察を誰とでも寛大に分かちあった。そしてそのことによって、多くの数学者が育てられた。共著論文の連鎖によって彼との協力関係の遠近を示すエルデシュ番号(エルデシュ数)なるものが存在するのも、単に彼が伝説的な天才だったからだけではあるまい。

 エルデシュは才能あふれる新たな数学者を探し出すことに熱心だったし、何より子供が好きだった。若い数学者に対しては、相手の実力を本人以上によく見極め、それを伸ばすことのできる適切な問題を出題する能力を持っていた。専門的な技術を必要とせず、それゆえ天才児たちが才能を発揮しやすい初等整数論に終生こだわったのも、そのことと無関係ではない。

 エルデシュの奇矯な行動はしばしば仲間の数学者たちを困らせた。しかし、それでも誰もが喜んでエルデシュの世話をしたのは、その才能よりむしろ、彼の豊かな人間性を愛したからだろう。彼は決して禁欲的な生活を送っていたわけではない。ただ、数学に対する好奇心に子供のように素直だったのだ。彼はこの上なく幸福な人生を生き、周囲の人々をも幸福にした。

 こうした愛すべき人物が実際にいたことを思うと、純粋数学からはほど遠い世界に生きる評者にも、それがちょっと身近な存在に思えてくる。そして同時に、どこかあたたかい気持ちになれる。

 ちなみに第一回本屋大賞を受賞しベストセラーにもなった、小川洋子の小説『博士の愛した数式』に登場する「博士」は、しばしばこのエルデシュがモデルではないかと云われる。『博士の愛した数式』も確かに秀作である。しかし本書を通じてエルデシュの生涯に触れた読者は、きっとイギリスの詩人バイロンのかの有名なフレーズを思い出すに違いない。「事実は小説より奇なり」。

The Man Who Loved Only Numbers: The Story of Paul Erdos and the Search for Mathematical TruthThe Man Who Loved Only Numbers: The Story of Paul Erdos and the Search for Mathematical Truth
Paul Hoffman

ペーパーバック, Hyperion Books (Adult Trd Pap), 1999/05

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