2005年03月07日

世界は「使われなかった人生」であふれてる / 沢木耕太郎 [書評]

世界は「使われなかった人生」であふれてる世界は「使われなかった人生」であふれてる
沢木耕太郎

単行本, 暮しの手帖社, 2001/11

 雑誌『暮らしの手帖』に連載された映画評三十篇に、書き下ろしのエッセイ二篇を加えて一冊としたもの。

 人は誰でも、大なり小なりいくつかの分岐点を経て今に至っている。そしてときに、分岐のこちら側でなくあちら側を選んでいたらどうなっていただろうと夢想することがある。分岐の向こう側の「ありえたかもしれない人生」は、もう手が届かないがゆえに甘美ではあるが夢でしかない。しかし、分岐のあちら側にはもう一つ、「使われなかった人生」がある。「使われなかった人生」は「使わなかった人生」でもあり、そこには、具体的な可能性があったという近さがある。自分にとっての「使われなかった人生」とは何か。映画はそれを考えさせてくれると沢木は語る。

 自らあとがきで『心地よい眠りのあとで楽しかった夢を反芻するようなもの』と云い、『その夢がどのようなものだったかを上手に説明することができれば、それが楽しさを説明することになると思っていた』と云っているように、決してマニアックな薀蓄を傾けるでもなく、難解な芸術論を展開するでもなく、はたまた自らの思い入れを熱く語るでもなく、それがどういう映画だったか、彼がそこに何を見たかを、簡潔に平明に語ってゆく。それでいて、それぞれが充分に咀嚼され、明確な手触りのある言葉で語られている。

 これを、それぞれの映画をモチーフにしたエッセイと捉えることもできるだろう。が、もちろん映画評としての結構も失っておらず、それらが絶妙なバランスの上に成り立っていて、しかもさりげない。ちょうど旅行記を読むような感覚で読める映画評である。それを読むことで、自らその土地を旅しているような気分に浸ることもできるし、行ったことのある土地なら、自分の感じたことと比較しながら読んでも楽しい。また強く惹かれるものがある未知の土地なら、実際に行ってみようとも思うだろう。しかもそれは、引き出しの奥の小銭までかき集めてバックパッカーにならずとも経験できる、小さく手軽な旅だ。

 映画評論家には決して書き得ない、ノンフィクション作家の沢木だからこそ書き得た映画評だろう。単に映画を紹介し批評するだけにとどまらず、銀幕の向こう側の人生を見つめ、さらにその奥に自らの人生を見つめようとする視線が感じられる。映画や小説について気の利いたレビューを書きたいという方にも、その一つの手本としてお薦めしたい。実を云うと評者自身、この本に触発されて、こうして書評などを書き始めたのである。

世界は「使われなかった人生」であふれてる世界は「使われなかった人生」であふれてる
沢木耕太郎

文庫本, 幻冬舎, 2007/04

関連(するかもしれない)記事
読書感想文? 読書感想文はここにはないよぉ [雑記帖]
「書評の鉄人」に選出されました! [雑記帖]

関連(するかもしれない)書籍

この記事へのコメント


コメントを書く
お名前: [必須]

メールアドレス:

ホームページURL:

コメント: [必須]



この記事へのトラックバック


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。