2005年03月07日

フェルマータ / ニコルソン・ベイカー [書評]

フェルマータフェルマータ
ニコルソン・ベイカー / Nicholson Baker
岸本佐知子

単行本, 白水社, 1998/08

 もしも時間を止めることができたら。誰もが一度はそんなことを夢想した経験があるだろう。すべてが動きを止めた世界で、誰にも邪魔されず、誰にも気づかれず、自由に振舞うことができたら、と。この作品は、そんな自らの欲望を完全に解き放てる状況の中で、どこまでもエスカレートしてゆく一人の男の妄想を、緻密に、生々しく、そしてユーモラスに描いた作品である。

 主人公アーノは時間を止める能力を持っている。彼はその状態を《襞》と呼び、その中でひたすら女性の服を脱がし、裸を見ることに執心する。物語は彼の自伝として語られる。彼の性格はかなり風変わりで、それでいてどこか憎めないところがある。平和主義者で、《襞》の中で窃盗や殺人、強姦などの悪事を働いたりはせず、一方で女性の服を脱がすことに関してはまったく罪の意識がない。アーノの意識の中では、彼の姿勢はあくまで耽美的で、その行為は女性にとっても善であると信じて疑わない。それゆえ彼は、そのためにさまざまな工夫を凝らし、ひたむきな努力を傾ける。その姿は、ときに子供のように純粋で、微笑ましくさえある。

 しかしもちろん、そんな彼の考え方を独り善がりとする見方もあるだろう。彼の自己中心的な妄想に反発を感じたり嫌悪感を覚えたりする(主に女性の)読者がいても不思議ではない。が、妄想とは本来、そうしたひどく身勝手なものではないだろうか。ましてここに描かれているのは、セックスというよりむしろマスターベーションについての妄想なのである。

 そもそもこの作品を楽しむ上で、彼の妄想がそのまま受け容れられかどうか、つまりそこに普遍性が認められるかどうかはあまり重要でないように思う。ベイカーの真骨頂は、何を描くかということより、むしろ、それをどう描くかということにあるからだ。ベイカーは、前作『中二階』で、日常の瑣末な物事を圧倒的な緻密さで描いてみせた。そしてこの作品では、主人公の妄想にせよ時間が止まった世界にせよ、現実にはあり得ないものを彼独自の筆致でリアルに描き出すことに挑み、同時に、性的願望を後ろめたいものとしてでなく、素直に伸びやかに描いている。この作品の魅力はまさにそういうところにある。主人公の妄想に反発を覚えた読者にしても、それは、それだけ彼の妄想をリアルなものに感じたということの傍証でもあるだろう。

 この作品は過激な性描写にあふれている。だからといって、これを単なるポルノと捉えてしまうのはもったいない。ベイカーの時間の止まった世界の描写には、なるほどと納得させられたり、思わずはっとさせられたりする部分も少なくない。主人公の語る性的妄想から一歩退いてそれらを眺めてみれば、きっと、緻密な観察眼とあくなき想像力を両輪に爆走する、わくわくするようなドライブ感が楽しめるはずである。

The FermataThe Fermata
Nicholson Baker

ペーパーバック, Vintage Books, 1995/01

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