2005年03月06日

もしもし / ニコルソン・ベイカー [書評]

もしもしもしもし
ニコルソン・ベイカー / Nicholson Baker
岸本佐知子

単行本, 白水社, 1996/08

 会員制のセックス・テレホンで知り合ったジムとアヴィ。意気投合した二人は、一対一の「奥の個室」で何時間にもわたってそれぞれの性的幻想や体験を語りあう。二人は言葉だけで互いを刺激しあい、興奮を高めあい、やがて同時にオーガズムに達する。この作品は、その一部始終を二人の会話だけで描いた異色の「電話小説」である。

 二人の会話は、脱線を繰り返しながら、セックスの周辺でさまざまに際限なく展開してゆく。もちろんベイカー独特の破天荒な想像力と病的なまでに緻密な描写は、ここでもとどまるところを知らない。

 ただし二人が語る幻想は、会話によるセックスというのとは微妙に違う。注意して読めば、それらのほとんどが、実は二人それぞれのマスターベーションについての幻想であることに気付く。各々が実体験について話す場面においても、具体的な相手を伴うセックスの話は周到に避けられている。考えてみれば、セックスが相手をよりリアルに愛そうとするものであるのに対し、マスターベーションの幻想はむしろ現実からどんどん遠ざかり、純粋な空想の世界へと向かう。ベイカーの描くそうした幻想は、ついには肉体すら超越し、さらには意外なイメージと結びついて、ときに思いも寄らぬ美しい像を結ぶ。

 たとえばジムは、自身の性的幻想の一つをこんなふうに語る。彼はアメリカ大陸の上空数マイルの高さから夜の地表を見下ろしている。真っ暗な地表にいくつもの光が浮かんでいる。その一つひとつは、まさに今、地上でマスターベーションをしている女性のオーガズムを示す光だ。彼にはその一人ひとりの姿が見える。面識のある女性、知らない女性、髪の汚れた太ったおばさんは欠けた歯を隠そうともしない。そんなことにかまっていられないほど気持ちがいい。そして、だからこそ彼女は美しい……。この神々しいまでの美しさはどうだろう。卑俗な性的妄想と思って読み進めていると、思いがけずそうした描写に出くわし、思わずはっとさせられる。そんな幻想を共有しようとする二人の姿勢が、にわかに真摯な探求者のように、敬虔な求道者のように、あるいは無垢な子供のようにさえ思えてくる……と云ったら美化が過ぎるだろうか。

 いわゆるポルノ小説においては、性的幻想や妄想が、後ろめたいもの、秘匿すべきものという前提で描かれることが多いように思う。あるいは、そういった隠匿された妄想や倒錯した欲求を描くことにこそ、ポルノ小説の存在価値の一端があるのかもしれない。しかしこの作品には、そうした意識はおよそ感じられない。ベイカーの性描写は終始おおらかであっけらかんとしているのだ。この作品が米国でベストセラーになったのは、これが体の良いポルノ小説だったからだと考える向きも多いが、上に書いたような意味で、この作品は一般のポルノ小説とは明らかに一線を画している。ベイカーならではの奔放で美しい幻想が存分に楽しめる作品だと云えるだろう。

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Nicholson Baker

ペーパーバック, Vintage Books, 1995/01

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