2005年03月06日

中二階 / ニコルソン・ベイカー [書評]

中二階中二階
ニコルソン・ベイカー / Nicholson Baker
岸本佐知子

単行本, 白水社, 1997/10

 きっと誰もがそうだろう。幼い頃、世界は神秘と謎に満ちていた。目に映るもの、手に触れるもののすべてが我々の想像力を刺激した。かつて子供だった我々は、それら一つひとつに無限の物語を思い描くことができた。ベイカーは、そんな好奇心に満ちた子供がそのまま大人になったような作家である。が、もちろんそれだけではない。それに加えて彼は、圧倒的なまでに緻密な観察眼と冷静な分析力、そして抜群のユーモアのセンスを持っている。

 昼休みにドラッグストアで靴ひもを買った一人のサラリーマンが、ビルの中二階にあるオフィスにエスカレーターで戻ってゆく。この作品においておよそストーリーと呼べるものはそれだけである。彼はその間、なぜ両方の靴ひもがほぼ同時に切れたのかと疑問を抱き、それをきっかけに、およそ瑣末な、ほとんどどうでもいいようなさまざまな物事に思いを巡らしてゆく。コーラから浮き上がってしまうストロー、ホチキスのデザインの変遷、牛乳パックのアイデアの素晴らしさ、トイレでの熱風乾燥機に対するペーパータオルの優位さ……。

 一つひとつの考察が精細に丹念に語られ、さらに話はとめどなく枝分かれし、ときに見開きの大半を占める膨大な量の注釈となって本文からあふれ出す。それがいちいち大真面目なだけにたまらなくおかしい。劇的な事件も深遠な心理描写もまったくないのに、「次は何が出てくるんだろう?」とわくわくしながら二百ページを繰ってしまう。

 我々の身近にあるさまざまなもの、特にそれと意識することなく、あって当たり前のものとして接しているいろいろなもの。しかしどんなに些細な物事であれ、それらは何もないところから自然に生じてきたわけではない。それぞれに、そこに至るまでの複雑な経緯がある。我々はそれらに秘められた歴史やいろいろな人の思惑と、そうとは気づかぬうちに接しているのである。それらは普段、およそかえりみられることはないが、こうしてあらためて云われてみると、なるほどその通りと思えることばかりなのに驚く。それは同時に、我々の誰もが、ベイカーが示してみせたような感覚を持っているということでもある。ベイカーは、そのように誰もが共有していながらそれに気づかなかった、あるいはあえて取り上げようとはしなかった感覚を、次々と鮮明に提示してみせる。本書を読むと、読者自身、明日から身の回りのものの見方が変わってくるかもしれない。

 なお、ベイカーの作品はどれもが膨大な数の言葉を費やし、アクロバティックな文体を駆使し、奔放に脱線し、なおかつ常に高いテンションを保っている。が、この邦訳は終始無理のない日本語でそれを活き活きと伝えている。暴れ馬のようなベイカーの文章を見事に乗りこなした岸本佐知子の訳もまた素晴らしい。

The MezzanineThe Mezzanine
Nicholson Baker

ペーパーバック, Granta Books, 1998/01/12

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