2005年03月05日

その名にちなんで / ジュンパ・ラヒリ [書評]

その名にちなんでその名にちなんで
ジュンパ・ラヒリ / Jhumpa Lahiri
小川高義

単行本, 新潮社, 2004/07/31

 前作『停電の夜に』で、デビュー作とは思えないほど完成された作品世界を見せたジュンパ・ラヒリの初の長編小説。

 故国を離れ、アメリカに生活の基盤を築いたベンガル人夫婦の間に一人の男の子が生まれる。男の子は、かつて父の命を救ってくれた本の著者にちなみ、「ゴーゴリ」と名づけられる。成長するにつれゴーゴリは、アメリカに生まれ育ちながらベンガル人の伝統や習慣に従わなければならないことに反発を覚え、自分の意思とは無関係に親から受け継がされたものの象徴として、その奇妙な名前を嫌うようになる。

 そうして自らの出自を捨て去るようにアメリカ人風に改名したゴーゴリは、やがていくつかの恋愛を経験する。自分とは正反対の環境で育ったニューヨーク生まれの女性、自分とよく似た境遇にあるベンガル人の女性、そうした女性たちとの恋愛や結婚を通じて、また愛する人の突然の喪失を通して、ゴーゴリは自分が背負ったものへの反発と、それでもなお断ち切れぬ思いとの間で揺れ動く。そうした心の機微が細やかに綴られてゆく。

 前作とはテーマの描き方がだいぶ違っている。前作では、過剰な説明もなく、繊細な筆致で淡々と情景が描かれ、同時に読む者をはらはらさせるような語りの巧さがあり、それに身を任せて物語を辿っていくうちに、それぞれの作品のテーマがすっと浮かび上がってきた。テーマはただそこに提示されるだけで、だからこそ読者はその鮮やかさに驚き、あとには深い余韻が残った。が、この作品では、序盤で明確にテーマが投げかけられ、それを解き明かすかのように物語が進んでゆく。それぞれの挿話にわかりやすさと説得力があり、まるでジグソーパズルのピースを組んでいくように、確実に一つの完成形に向かっているという安心感さえ覚えさせる。

 瑣末と思える挿話の一つひとつでさえ周到な伏線になっていて、全編を通じてまったく無駄な描写がない。最後にはすべてのピースが然るべき場所に収まり、一つの大きなテーマが描き上げられる。前作が、短編集でありながら一編一編が長編のような奥行きを持っていたのに対し、この作品が、逆に長編でありながら短編のようなかっちりした印象を与えるのは、そのせいかもしれない。

 その描き方は端正で清々しい。また、前作とは違った意味での巧さも感じる。だが一方で、見事なまでに整合のとれた構成とわかりやすさとによって、小説としての深みや面白みがやや削がれたのではないかという気がしないでもない。これがもし他の作家の作品なら手放しで絶賛しても良い。だがラヒリの作品としては、前作があまりにも素晴らしかっただけに、正直、どこか物足りない印象も残る。それはつまり、それだけラヒリに寄せる期待が大きいということでもあるのだが。

その名にちなんでその名にちなんで
ジュンパ・ラヒリ / Jhumpa Lahiri
小川高義

文庫本, 新潮社, 2007/10
The NamesakeThe Namesake
Jhumpa Lahiri

ペーパーバック, Mariner Books, 2004/09

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ISBN:4105900404:detail インドからアメリカに移り住んだ夫婦。生まれた子供に彼らがつけた名前は「ゴーゴリ」。父にとって運命的な意味を持つ本の作者にちなんで、思いをこめてつけられた..

+ChiekoaLibraly+ at 2005-06-15 15:40

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