![]() | 停電の夜に ジュンパ・ラヒリ / Jhumpa Lahiri 小川高義 単行本, 新潮社, 2000/08 |
ロンドン出身ニューヨーク在住のインド系の作家ジュンパ・ラヒリの処女短編集。ラヒリは、この作品でピュリツァー賞をはじめ様々な賞を受賞し、一躍脚光を浴びている。実際に読んでみると、そのことにも充分に納得がいく。デビュー作でありながら、すでに独自の作品世界が完成されている感さえあり、さらに、円熟の域に達しているかのような語りの巧さがある。
もっとも、ラヒリの作品世界と云うとき、それは必ずしもインド系の人々を描いているということだけを意味するものではない。確かに、欧米とインドという二つの背景を持っていることは、ラヒリの文学世界を形作る重要な要素だろう。この作品においても、インド系の人びと、とりわけ異国に暮らす彼らのよるべなさが精緻に描かれている。だがラヒリの作品には、それ以上に鮮やかに提示されているものがある。
それぞれの作品において、日常の小さな世界での小さな出来事が物静かに語られ、そこに、登場人物それぞれの埋めることのできない心の隙間や、人と人との感情のすれ違いが鮮明に浮かび上がってくる。それは独りインド系移民という枠にとどまらず、誰の心にも共鳴する。しかもラヒリの作品は、それと同時に、上質なエンターテインメント小説のように、先へ先へとページを繰らせるストーリーテリングの面白さを兼ね備えている。その巧さには風格さえ感じられるほどだ。
邦訳における表題作である『停電の夜に』では、子供の死産をきっかけに感情が硬化してしまった夫婦が、停電の夜の闇の中で、互いに相手に云わずにいたことを打ち明けあう。それによって、夫の気持ちが少しずつ変化してゆく様子が繊細に描かれる。また原書のタイトルになる『病気の通訳』では、病院での通訳を本業とするさえない観光タクシーの運転手が、観光客の妻の何気ない一言に、長年連れ添った妻でさえ示したことのなかった自分への理解を感じ、彼女に淡い感情を抱き始める。
読み進めるにつれ、最初はかすかだった登場人物の心の軋みが次第にはっきり聞こえるようになり、読者はやがて何かが起きるだろうという予感や期待に似たものを抱く。しかし、それは決して月並みなどんでん返しのための伏線ではない。物語は、あくまでその小さな世界の中で、読者に小さな衝撃を与えて終わる。そしてだからこそ、その驚きが波紋となって、心の奥深い部分をそっと揺すっていく。読み終えた後に澄んだ余韻と静かな哀しみが残る。掛け値なしに素晴らしい作品である。今後、ラヒリの世界がどんな広がりと深まりを見せるのか、期待せずにいられない。
![]() | 停電の夜に ジュンパ・ラヒリ / Jhumpa Lahiri 小川高義 文庫本, 新潮社, 2003/02 |
![]() | 停電の夜に - Interpreter of Maladies 【講談社英語文庫】 Jhumpa Lahiri 文庫本, 講談社インターナショナル, 2007/04 |
![]() | Interpreter of Maladies: Stories Jhumpa Lahiri ペーパーバック, Mariner Books, 1999/06/01 |
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その名にちなんで / ジュンパ・ラヒリ [書評]







先日はコメントとトラックバックを頂きありがとうございました。
ブログ拝見したところ、洋邦問わず色々な本を読まれているようで、見ているだけでとても読書欲を刺激されました(笑)
ラヒリを始め新潮クレストのシリーズも、もう何冊も読んでらっしゃるんですね。自分もこれから読み進めようと思っているところなので、記事を参考にさせてもらおうと思います。
こちらからもトラックバック送らせてください。
今後もどうぞよろしくお願いします。
普段、こちらからトラックバックをすることは少ないのですが、たまたま記事をお見かけして、とても素敵なレビューだったので、トラックバックさせていただきました。
トージさんのブログには、取り上げられている作品にも、一つひとつの記事にも惹かれるものを感じます。先日お話しした町田康作品以外にも、京極夏彦や一連の古い作品など、多くの記事にとても刺激を受けました。
佐吉は、比較的海外の作品が好きで、クレストブックスも読む機会が多いです。良質な作品を紹介してくれるので、とても気に入っています。佐吉は読むのも書くのも遅いため、ご覧のとおりレビューはまだほんのわずかですが、何かしら参考にしていただけるようなところがあれば、とてもうれしく思います。こちらこそ、これからもどうぞよろしくお願いします。
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