2005年07月22日

巷説百物語・続巷説百物語 / 京極夏彦 [読書日記]

続巷説百物語続巷説百物語
京極夏彦

文庫本, 角川書店, 2005/02/24

 京極夏彦の『巷説百物語』に続いて『続巷説百物語』を読んでいる。前作も分厚かったが、これはさらに分厚い。優に平均的な厚さの文庫本三冊分のボリュームがある。しかしながら、その長さを感じさせない京極夏彦の筆力はやはりさすがだと思う。

 さて、この『巷説百物語』、『続巷説百物語』は、どちらもミステリー仕立ての作品である。それぞれの物語の最後に必ず謎解きの場面があり、そこで、物の怪やあやかしの仕業と思われていた奇っ怪な事件が、実は周到に仕掛けられたトリックであったことが明かされる。言うまでもなく、それはミステリー作品の最も重要な場面の一つである。ミステリー・ファンの方たちは、そこで仕掛けの巧みさや謎解きの鮮やかさに溜飲を下げるのだろう。しかし、正直に白状すれば、佐吉はこうしたミステリー作品がやや苦手である。佐吉には、そうした場面で興が醒めてしまうことがままあるのだ。

 佐吉は普段あまりミステリー作品を読まない。しかし一方で、ファンが多い分、ミステリーには「この作品が面白い」といった情報も多い。だから、ご多分に洩れず、佐吉も、それらを頼りに人気の高いミステリー作品を何冊か読んだことがある。確かにどれもそれなりに面白かった。が、やはり、どこか拍子抜けしたような読後感を覚えることも少なくなかった。

 なぜだろう? 佐吉はそれをこんなふうに考えてみた。ミステリーは、言うまでもなく、謎を推理しながら読むところにその面白さがある。然るに、簡単にその謎が解けてしまっては面白くない。だから、数々のミステリー作品を読んできたマニアックな読者にも解けないよう、仕掛けはいきおい巧妙で複雑なものになる。が、仕掛けが巧妙で複雑になるほど、その種明かしは現実離れした荒唐無稽なものにならざるを得ないのではないだろうか。

 もちろん、読者にそう思わせないよう、種自体を、あるいはその明かし方を工夫するのが作者の腕なのだろう。優れたミステリー作品は、種明かしにも充分な説得力があるだろう。然るに佐吉は、ミステリーについては門外漢である。真相を推理したり先を予想したりしながら読むといった読み方に慣れておらず、ただ安易に筋を辿ってしまう。要するに、佐吉は謎を解こうとしない読者なのである。と、佐吉には、最も読者の感興が高まるはずであろう謎解きの場面が、ただの補足説明のように感じられ、そこでむしろ興が削がれてしまう。思わず素に戻ってしまい、いきおいその粗も目に付きやすくなる。なるほど、すべて辻褄は合う、しかし……そんなことあるわけねえじゃねえか、そんなに上手くいくわけねえじゃねえか、と思ってしまうのだ。

 ミステリー・ファンの方たちはそれをどう捉えているのだろう。話は変わるが、たとえば歌舞伎の芝居には荒唐無稽な筋立てが多い。時代考証だっておよそいい加減なものである。しかし、それにいちいちケチをつける観客はいない。どころか、それが歌舞伎の魅力の一つにもなっているのである。嘘も真もないまぜにして「そこが芝居でさぁ」とそれを受け容れるのが粋、あれこれ揚げ足をとるのは野暮というものなのである。さて、ミステリーの場合はどうだろう?その仕掛けが現実離れした荒唐無稽なものであっても、やはり「そこがミステリーでさぁ」と受け容れ、一種の知的ゲームとして楽しむべきものなのだろうか。佐吉にはその辺りの加減が今一つわからない。

 誤解のないように言っておけば、佐吉は、ミステリー、あるいはいわゆるジャンル小説が、純文学に比べて劣るなどと言っているのではない。また、佐吉がこれまで出来の悪いミステリー作品ばかり読んできたということでもないだろう。どれもが多くのミステリー・ファンに賞賛された(という)作品なのである。だから、これはあくまで読み手としての佐吉の問題である。つまり、佐吉にはミステリーの楽しみ方がわからないのである。佐吉自身、それをとても残念に思う。

 だが、しかし、佐吉はこの作品を面白いと感じている。でなければ、これだけ長い物語を一気に読み通せるものではない。この作品は、時に擬古文を交えながら、文体を自在に操って淀みがなく、場面の展開のテンポも良い。仕掛けがより複雑で大掛かりになる続編においては、しばしば長い説明が必要になるが、それさえも読者の感興を損なわないよう、巧みに挿入されている。都合の良い展開だなと思える場面には、読者にそう思わせないよう、きちんと先手が打ってあるし、ファンの心をくすぐる(であろう)仕掛けもふんだんに用意されている。そして遊びの要素も忘れていない。実に周到に作り込まれた作品である。その手腕には舌を巻く。エンターテインメントの一つの極みを見る思いさえする。熱狂的なファンが多いのも納得がいく。

 ひょっとして、この作品を読めば、佐吉にもミステリーの面白さがちょっとはわかるかもしれない。佐吉はそんなふうに思いながら、これを読み進めた。果たして、その結果はどうだったのか。それはまたあらためてここに記そうと思う……。

 と、長々と書いてきたこの文章は、結局大した中身もなく、単に、これから書くつもりの本書のレビューの予告編のようなものになってしまった。かくもくだらない駄文にここまでお付き合いくださった皆さん、ごめんなさい。お疲れさまでした。

巷説百物語巷説百物語
京極夏彦

文庫本, 角川書店, 2003/06

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