2005年08月30日

銀河鉄道の夜−最終形・初期形 / ますむらひろし・宮澤賢治 [読書日記]

銀河鉄道の夜−最終形・初期形(ブルカニロ博士篇)銀河鉄道の夜−最終形・初期形(ブルカニロ博士篇)
ますむらひろし, 宮澤賢治

単行本, 偕成社, 2001/07

 子供たちの夏休みも大詰め。以前に、ウチのブログに「読書感想文」で検索してくるケースが多いという話をしたが、それにもいよいよ拍車が掛かってきた。中には、「読書感想文+丸写し」、「読書感想文+著作権フリー」、「読書感想文+パクリ」なんていう、あからさまなキーワードで検索してくる奴もいる。学校での成績は知らんが、少なくともネットでの検索に関しては、将来を嘱望される優秀なお子様たちである。

 「読書感想文+作品名」というケースも相変わらず多い。目立つのは『銀河鉄道の夜』と『老人と海』。もっともそれは、単に、ウチのブログにそれに触れたページがあるからというだけの話で、おそらくは『坊ちゃん』とか『走れメロス』とか『赤毛のアン』とかで検索している子たちも大勢いることだろう。あるいは『カラマーゾフの兄弟』で検索しているつわものもいるかもしれない。まあ、いないと思うけど。

 それにしても、『銀河鉄道の夜』で、彼らはどういう感想文を書くのだろう。他人事ながら、ふと気になる。「不思議な作品でした」では感想にならんだろうし、「カムパネルラが死んじゃってかわいそうでした」が通用するのは小学校低学年までだろう。あるいは「私も銀河鉄道に乗って旅をしている気分になりました」くらいは書くだろうか。佐吉ならどうだろう、とも考えてみる。自身、ブログのモチーフにもしているくらいだから、もちろんこの作品は好きだが、いざそれについて感想文を書けと云われたら、いったい何が書けるだろう……と。

 『銀河鉄道の夜』は、以前にますむらひろしのキャラデザインでアニメ映画になっている。ご存知の方も多いだろう。ますむらひろしと云えば、猫のキャラクターなのよーっ(それは違うだろ)。佐吉は賢治の作品も好きだが、それとは別に、『アタゴオル』などに代表されるますむらの世界も好きだ。映画『銀河鉄道の夜』も、彼独特の猫のキャラクターによって描かれた作品で、その幻想的な演出は一般に評価が高い。佐吉も、映画自体に特に思い入れはないが、少なくともその世界は抵抗なく受け容れている。

 ところが、先年亡くなられた賢治の実弟清六氏は、賢治の作品を猫のキャラクターで描くことに反発していたという。ふむ。それもわからなくはない。ますむらのキャラクターは、物語世界を歪曲しているとは云わないが、イメージをかなり具体的に限定することにはなるだろう。少なくとも、ますむら版『銀河鉄道の夜』であることは、承知しておく必要がありそうだ。余談だが、無名のまま没した賢治の作品が多く日の目を見たのは、清六氏の功績に負うところが大きい。彼なくして我々が賢治の作品に触れることは、あるいはなかったかもしれない。

 さて、そんなますむら版『銀河鉄道の夜』の、映画ではなく漫画を、先日買い求めた。ますむら版宮沢賢治童話集の『銀河鉄道の夜−最終形・初期形(ブルカニロ博士篇)』である。

 『銀河鉄道の夜』は、ご承知のとおり、賢治の死後、未定稿のまま発表された作品で、現在一般に知られているのは、最終稿にあたる第四稿である。第一稿では、最終稿には登場しない「ブルカニロ博士」なる人物が登場し、物語の終盤、重要な役割を担う。がために、これを『ブルカニロ博士篇』と称することもある。この本は、その第一稿と最終稿の両方を漫画化した作品である。

 一度読んではいるのだが、今夜はこれを読み返してみようと思う。夏の終わりが近づくと、不思議とこの作品が思い出される佐吉なのである。もっとも、読んでも読書感想文は書かないと思うけどね(笑)。

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