2008年01月26日

ことばの波止場 / 和田誠 [読書日記]

ことばの波止場ことばの波止場
和田誠

単行本, 白水社, 2006/11

 星新一や丸谷才一の一連の著作、最近では三谷幸喜のエッセイなど、本の装丁でもお馴染みのイラストレーター和田誠が、イラストならぬ「ことば」について語った一冊、『ことばの波止場』を読む。児童書に関するセミナーで、和田がはじめて行った、ことば遊びについての講演に加筆したものである。和田自身の「個人史」に乗せて、しりとり歌、替え歌、回文、アナグラムなど、さまざまなことば遊びの楽しさを、豊富な具体例とともに紹介している。

 その一例をここにも紹介しよう。「いろは」についてのエピソードである。

 「いろは」は、ご存知のとおり、仮名四十七文字をすべて一度ずつ使って作られた手習い歌である。かつては弘法大師の作という説もあったが、今は平安中期に成った詠み人知らずの歌とされている。

いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせす

(色は匂へど 散りぬるを
我が世誰そ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず)

 大デュマの『モンテ・クリスト伯』を『巌窟王』、ユゴーの『レ・ミゼラブル』を『噫(ああ)無情』と訳した明治期の翻訳家黒岩涙香は、同時に新聞記者でもあり、みずから新聞社を設立し、「萬朝報(よろずちょうほう)」という新聞を発行していた。

 あるとき涙香は、いろは四十七文字に「ん」を加えた四十八文字を使って、「いろは」に代わる歌を作ろうと思い立ち、それを紙上で一般公募した。その最優秀作がこれである。

とりなくこゑす ゆめさませ
みよあけわたる ひんかしを
そらいろはえて おきつへに
ほふねむれゐぬ もやのうち

(鳥鳴く声す 夢覚ませ
見よ明け渡る 東を
空色栄えて沖つ辺に
帆船群れゐぬ 靄の中)

 和田は、「いろは」がやや観念的であるのに対し、「とりな」は具体的な情景が目に浮かぶようでなかなかよくできていると評している。「萬朝報」でも、これからは「いろは順」ではなく「とりな順」を使おうという運動をしたそうだ。しかし、彼らの思惑通りにいかなかったことは、皆さんご承知のとおりである。

 こうしたトピックの一つひとつが、楽しく、また興味深い。俯瞰してみれば、これら多種多様なことば遊びが、我々の言語文化を豊かなものにしてきたことに思い至るが、そんなふうにむずかしく考える以前に、音の心地良さや、言葉と意味との結びつきの意外さが、理屈抜きにおもしろい。

 和田の語り口は終始優しく穏やかで、行間に彼の人柄が滲み出るようである。本文に添えられたイラストも装丁も含めて、愉しい一冊である。

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