2008年01月31日

藤沢周平のツボ 至福の読書案内 / 朝日新聞週刊百科編集部編 [読書日記]

藤沢周平のツボ 至福の読書案内藤沢周平のツボ 至福の読書案内
朝日新聞週刊百科編集部編

文庫本, 朝日新聞社, 2007/12

 NHK BS に「わたしの藤沢周平」という番組がある。毎回ひとつの藤沢作品を取り上げ、その作品世界を紹介するとともに、各界から招かれた一人のゲストが、その作品への思い入れを熱く語るというものである。佐吉も何度か見たことがある。

 しかし考えてみれば、こんな番組が成り立つ作家はそうはいない。むろん一般にも各界の著名人にも、多くの愛読者がいる作家でなければならないことは云うまでもないが、だからと云って、人気作家なら誰でもいいというわけではない。いくら多くの読者に愛されている作家でも、皆が異口同音に賞賛するだけなら、毎回同じような話になってしまい、番組が続かない。

 そうしてみると、藤沢周平という人物は、多くの人々の心の琴線に触れ、なおかつそのそれぞれに、違った音色を響かせる作家だと云うことはできないだろうか。「わたしの藤沢周平」と番組のタイトルにもあるとおり、藤沢作品の読者は、それをひとつの個人的体験と捉えることによって、つまりそこに自分自身の人生を重ね合わせることによって、一人ひとりが違った感銘を受けるのかもしれない。そしてそれゆえに、今なお多くの読者が藤沢作品に惹かれるのかもしれない。

 なんてことを云いながら、実は佐吉は藤沢周平の作品を読んだことがない。これだけ多くのファンに愛されているのだから、読めば確実に魅了されるに違いない。そう思いながら、さて、どこから手をつけようか、と呻吟しているうちに、今に至ってしまったのだ。藤沢作品ならどれをとってもはずれなどあろうはずもなく、そんなふうに悩まずとも、近所の書店で、タイトルなり表紙なりが気に入ったものを手に取れば良いだけの話だとは思うのだが。

 佐吉がこの本に出会ったのは、ちょうどそんな折だった。題して『藤沢周平のツボ 至福の読書案内』。時代小説家、現代作家、評論家、研究者、エッセイストなど、自他ともに藤沢周平フリークと認める22人の書き手が、藤沢の、シリーズものを含む29作品について語ったもの(複数回登場する執筆者もいる)である。

 この本は、とにかくその執筆者の顔ぶれがすごい。「おお!」と思う執筆者は読者によって違うだろうから、ここにその全員の名前を挙げておこう。あさのあつこ、色川大吉、宇江佐真理、宇月原晴明、岸本葉子、北原亞以子、小杉健治、後藤正治、重松清、杉本章子、関川夏央、立松和平、辻原登、出久根達郎、常盤新平、成田龍一、平出隆、堀江敏幸、町田康、松岡正剛、山本一力、そして吉岡忍(五十音順)の22人である。

 この中に一人でも関心を寄せる書き手がいれば、あなたもこの本を手に取らずにはいられないだろう。佐吉もいくつかの名前に惹かれ、ぱらぱらとページをめくってみた。重松清が同じ作家という立場から、小説技巧を切り口に『獄医立花登手控え』を論じ、博覧強記の松岡正剛が、『市塵』における新井白石の描き方から、藤沢の哲学に思いを致し、後藤正治は『喜多川歌麿女絵草子』に見る、藤沢の人間の内面を見つめる視線に注目し、町田康は彼ならではの口調で「悪党というのはなんなんだろうか」と、『天保悪党伝』について語り始める……。目についたものを拾い読みするうちに、佐吉の藤沢周平への関心は弥(いや)が上にも高まっていった。あとで知ったのだが、奇しくもその日1月26日は、藤沢の11回目の命日だった。

 もっとも、これから藤沢作品を読もうという者が、こんなふうに、当の作品より先に余人の書いた書評や解説を読むなど、自らにことさら先入観を植え付けようとするようなもので、まことに愚かだと思われる方もいらっしゃるかもしれない。

 なるほど、確かにそうかもしれない。しかし上にも書いたように、藤沢周平を読むという行為が、あくまで個人的体験であり、そこに自分の人生を投影することにその真髄があるのだとしたら、事前に他人の体験に触れることによって、その価値が損なわれるというものでもあるまい。だいたい、書店で偶然出合ったというのでもないかぎり、本とは大抵、何かしら評判を耳にして読もうと思うものである。というか、そもそも他人の書評や解説を読むと、そのとおりにしか読めなくなるというのは、当人の姿勢の問題ではないだろうか、と佐吉は思うのである。

 『藤沢周平のツボ』では、実にさまざまな角度から藤沢作品に光が当てられている。解説の一つひとつが名うての書き手によるもので、それぞれに読み応えがある。おそらく彼ら自身、他の執筆者の視線を意識するところが少なからずあったのだろう、互いに鎬(しのぎ)を削るかのような、筆圧の強い文章もある。佐吉のように、まさにこれから藤沢周平を体験しようという読者にとって、格好のブックガイドとなることはもちろん、(初心者の佐吉が云うのも何だが)もとより藤沢フリークを自認される方にも、充分読む価値のある一冊だと思う。

 さて、そうして先日、佐吉は佐吉にとってはじめての藤沢作品を購入し、それを今日読み終えた。2002年に映画化もされた『たそがれ清兵衛』である(ただし、映画と原作とではストーリーや設定が一部異なる)。他日、それについても佐吉の感じたところを綴ってみたい。ちなみに『藤沢周平のツボ』では、作家の立松和平がそれについて語っている。

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