2008年02月09日

カイト・ランナー / カーレド・ホッセイニ [書評]

カイト・ランナーカイト・ランナー
カーレド・ホッセイニ / Khaled Hosseini
佐藤耕士

単行本, アーティストハウスパブリッシャーズ, 2006/03

 アフガン人作家カーレド・ホッセイニの小説『カイト・ランナー』を再読する。

 評者が最初にこれを読んだのは、今から2年前のことである。なんの予備知識もなく、たまたま書店で見かけて手に取ったのだが、評者が買ったハードカバーの『カイト・ランナー』(アーティストハウスパブリッシャーズ刊)は、その後ほどなくして絶版になっている。ところが昨年12月、それが『君のためなら千回でも』と改題され、ハヤカワepi文庫から復刊された。これを原作にした同名の映画の、日本での公開に先駆けてのことである。

 ソ連軍による侵攻以前の平和なアフガニスタン。首都カブールの裕福な家庭に生まれたアミールは、誕生と同時に母を亡くし、実業家の父ババと一緒に暮らしている。家には召使いの父子アリとハッサンがいて、かつてババとアリが兄弟同然に育てられたように、ババもまた、アミールとハッサンとをわけ隔てなく育てている。

 アミールにとっても、ひとつ年下のハッサンはかけがえのない親友だった。しかし同時に、二人の間には、階級、民族、宗派など、因習による差別が存在し、アミール自身にもまたそういう意識があった。厳格で篤実な父とは対照的に、からっきしいくじのないアミールは、父に疎まれているのではないかと常に不安を抱いており、父に愛されたいというアミールの願いは、そんな差別意識や子どもならではの残酷さと結びついて、ときにハッサンへの嫉妬と表裏をなすのだった。

 アミール12歳の冬、子どもたちにとって最大のイベントである凧合戦の日、二人は思いも寄らない事件に遭遇する。そこでアミールは、自分の臆病さゆえに、取り返しのつかない罪を犯してしまう。やがてそれは、ハッサンの人生を狂わせ、二人の間を無情に引き裂き、アミールの心にも決して癒えることのない傷を残す。

 それから26年の月日が流れ、戦禍を逃れてアメリカに亡命したアミールのもとに、父の、そしてアミール自身の友人だったラヒム・カーンから、一本の電話がかかってくる。遠く電話回線の向こうのパキスタンから、ラヒム・カーンはアミールに告げる。「もう一度やり直す道がある」と……。

 本書は、実に多くのテーマを描いた豊穣な作品である。それは少年の成長の物語であり、友情と背信の物語であり、親子の絆の物語であり、悔恨と贖罪の物語であり、望郷と哀惜の物語である。終始内省的な主人公アミールの独白を通して、それらが幾重にも織り込まれるように描かれている。

 アミールの持つ弱さや優しさには、きっと多くの読者が共感するに違いない。そのアミールの心情を細やかに描くことによって、この作品は、かの国の当事者にしか経験し得ない哀歓をもまた、読者に追体験させる。「それでも人生は進む」とアフガン人はしばしば云う。悲惨な歴史を辿ってきたアフガニスタンにあって、深い哀しみに包まれながら、それでもなおアフガン人として生きようとする彼らが視線の先に見据える希望の光が、読者の目にもまた映るのである。

 もっとも、小説としての作りに関しては、正直、やや粗が目立つと云わざるを得ない。いくらフィクションとはいえ都合が良すぎるだろうと思える展開がいくつかあるし、主人公の心情が、そのアンビバレントな部分に至るまで丁寧に描かれているのに対し、それ以外の人物にはいくぶんステレオタイプなところがあって、主人公の心理描写が精緻なだけに、他の人物の作り物臭さが気になる。また主人公の心理描写にしても、饒舌すぎて、ときにくどい印象を受けることがある。

 著者が実にさまざまな小説技巧の持ち主であることはわかる。それぞれのテーマの重さもひしひしと伝わってくる。だが、それらをあまりにも多く盛り込みすぎたがため、全体が散漫になり、いちばん肝心な主題がかすんでしまったのではないか、と思うところもないではない。そんなわけで評者は、この作品を手放しで絶賛する気にはなれない。しかしこの作品には、そうした欠点に目をつぶって読むだけの価値は充分にある。文庫版の『君のためなら〜』というタイトルからは、あるいはありがちなお涙頂戴ものを連想される方も多いのではないかと想像するが、少なくともそうした理由で敬遠してしまうには、惜しい一冊である。

君のためなら千回でも 上君のためなら千回でも 上
カーレド・ホッセイニ / Khaled Hosseini
佐藤耕士

文庫本, 早川書房, 2007/12/19
君のためなら千回でも 下君のためなら千回でも 下
カーレド・ホッセイニ / Khaled Hosseini
佐藤耕士

文庫本, 早川書房, 2007/12/19

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