2008年03月02日

『リアル鬼ごっこ』は「リアル」だったのか [雑記帖]

リアル鬼ごっこリアル鬼ごっこ
山田悠介

単行本, 文芸社, 2001/11

 佐吉がその本の存在を知ったのは、独自の視点と歯に衣着せぬクールな語り口で、多くの映画ファンから一目置かれている、ミワさんの映画レビューのサイトによってだった。ミワさんはそこで、先頃公開されたとある邦画のレビューを書かれていた。

 映画そのものについては、ミワさんの評価は決して芳しいものではなかった。けれどミワさんは、それでも原作と比べると、よくぞこんなきちんとした映画にできたものだと泣けてくる、とも書かれていた。曰く、原作は世界観が幼稚で構成が杜撰(ずさん)、めちゃくちゃな日本語で書かれた文章は、語彙が貧弱で比喩も浅薄、要するにおよそ評価すべきところのない小説なのだそうだ。

 しかし、ならばどうしてそんな小説が映画化されたのだろう。そもそもそれはどんな小説なのだろう。物好きな佐吉はにわかに好奇心を掻きたてられ、その原作『リアル鬼ごっこ』についての情報を、ネット上でいくつか拾ってみた。すると実に興味深いことがわかった。

 『リアル鬼ごっこ』は、作者の山田悠介が20歳のときに書いたホラー小説である。2001年に文芸社から自費出版の形で刊行されて100万部以上を売り上げ、2004年にはさらに幻冬舎から文庫版が出版されている。しかしながら、この作品について書かれたレビューは、その大半が酷評である。曰く、「この本がなぜこんなに売れているのか理解できない」、「冒頭の10ページを読んで投げ捨てた」、「小学生でももっとマシな文章を書く」、「出版業界の良識を疑う」、「日本の文学は終わった」……。『リアル鬼ごっこ』は、むしろその拙劣さゆえに各所で話題になっていたのである。

 ただし、文庫版の『リアル鬼ごっこ』においては、プロットの整合をとり文章の誤りを正すなど、徹底的な改訂がなされているとも聞いた。しかし、ミワさんが読まれたのはその改訂版であり、ミワさんはそれでもなお、上に云ったような印象を持たれたとおっしゃっているのである。となると、改訂前の『リアル鬼ごっこ』はいったいどれだけアナーキーな作品だったのだろう。そして、どうしてそれが100万部も売れたのだろう。恐いもの見たさも手伝って、関心は弥(いや)が上にも高まっていった。矢も盾もたまらず、佐吉は『リアル鬼ごっこ』の単行本(自費出版本)を、オンライン古書店で物色した。

 100万部も売れたという一方で、すぐさま手放した人も多かったのだろう。検索してみると、単行本にしても文庫本にしても、『リアル鬼ごっこ』の古本はタマが豊富だった。値段も100円ちょっとからとお手頃だったので、早速、改訂前の単行本を取り寄せ、昨日届いた2002年9月発行の初版第5刷を通読してみた。

 なるほど、たしかにひどい作品である。しかしながら、そのひどさを論ずることが本稿の目的ではない。内容にせよ文章にせよ、『リアル鬼ごっこ』の稚拙さについては、すでに巷間で語りつくされている感がある。なので、ここで敢えてそれを繰り返すことはしない。その代わりと云っては何だが、とりわけ微に入り細を穿った批評を見つけたのでご紹介しておく。この作品がどれだけ幼稚かについてはそちらをご覧いただくとして、佐吉はなぜこの本がそんなに支持されたのかを考えてみたい。

 小説にせよ映画にせよ、あるいは演劇にせよ、フィクションとはなべて、受け手になんらかのリアルなイメージを思い描かせるための手段だと云うことができる。フィクションにおけるリアリティとは、それがどれだけ現実に即しているかとか、ディテールがどれだけ写実的に描かれているかとかいうことではなく、その作品がどれだけ説得力のあるイメージを喚起するかということにある、と少なくとも佐吉は思う。

 然るに『リアル鬼ごっこ』は、いくら読み進めても、ちっともリアルなイメージが浮かんでこない。それどころか、そもそも作者が思い浮かべているのが、リアルな情景などではなく、マンガかアニメの、それもかなりありきたりなシーンの連続であることが、ありありと窺えるのである。『リアル鬼ごっこ』は、そんな作者の脳裏に浮かんだ紋切り型の映像を、整合性も必然性もおかまいなしに繋げただけの作文にすぎない。つまりこの作品は、どこかで見たようなマンガかアニメの映像を読者に想起させるための、脈絡のない絵のない絵コンテのようなものなのである。

 そして、おそらくはそのことが、この作品がこれほどまでに売れた理由なのだろう、と佐吉は思う。この作品は、主に中高生に支持されたと聞いている。この作品を酷評したレビューには、「この作品が好きだというのは、普段本など読まない人たちだろう」という意見が少なからず見られた。それは概ねあたっているだろう。この作品を支持した中高生たちはきっと、まともな小説の文章からリアルなイメージを思い描くことには慣れていないものの、この作文からマンガかアニメのシーンを思い浮かべることはできたのである。そして、そうして二次元のイメージができあがってしまえば、物語世界が幼稚であろうと、構成が杜撰であろうと、そもそも物語にとって必要のない場面であろうと、個々のシーンについては、カッコよかった、迫力があった、スピード感があったと感じることは可能なのである。普段なら、2、3ページも活字を追えば眠くなってしまう彼らにとって、それは蓋(けだ)し稀有な「しょうせつ」だったに違いない。

 と、まあ、そんなふうにして、この作品が一部の若年層に支持されたのではないかと佐吉は想像する。とは云えもちろんそれは、そう考えれば多少は納得がいくというだけの話であって、何ら根拠があるわけではない。正直に云えば佐吉も、こんな小説とも呼べないような小説が100万部も売れ、あまつさえ映画化までされたことが、それを読み終えた今も不思議でならない。もっとも、これまた愚にもつかない「ケータイ小説」やら、大森・豊崎のメッタ斬りコンビ云うところの「頭の悪い恋愛小説」やらが、やはり同じようにもてはやされ、原作も映画も商業的に成功を収めていることを考えれば、そんなものかと思わないでもないが。

 ふう。律儀にも『リアル鬼ごっこ』に最後まで付き合ったせいか、今日の佐吉の文章は、いつにもまして稚拙である。実を云うと、佐吉は今、頭が混乱している。文章を考えれば考えるほど、泥沼にハマってゆく。何かまっとうな本を読んで、今すぐ頭の中から山田の文章を追い出したほうが良さそうだ。なので、この辺で筆を置くことにする。かくも惨憺たる駄文に、ここまでお付き合いくださった皆さん、どうもありがとうございました。

リアル鬼ごっこリアル鬼ごっこ
山田悠介

文庫本, 幻冬舎, 2004/04
リアル鬼ごっこ+リアル鬼ごっこ+
山田悠介

単行本, 文芸社, 2007/12


関連(するかもしれない)書籍

この記事へのコメント


コメントを書く
お名前: [必須]

メールアドレス:

ホームページURL:

コメント: [必須]



この記事へのトラックバック


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。