2008年05月13日

償い / 矢口敦子 [読書日記]

償い償い
矢口敦子

文庫本, 幻冬舎, 2003/06

 36歳の医師・日高は子供の病死と妻の自殺で絶望し、ホームレスになった。流れ着いた郊外の街で、社会的弱者を狙った連続殺人事件が起き、日高はある刑事の依頼で「探偵」となる。やがて彼は、かつて自分が命を救った15歳の少年が犯人ではないかと疑い始めるが……。絶望を抱えて生きる二人の魂が救われることはあるのか? 感動の長篇ミステリ。(カバーの紹介文より)
 当初はほとんど注目されなかったこの作品が、ここにきて急に再評価されるようになったとかで、なるほど近頃どこの書店に行っても、派手なPOPとともにこの青い表紙が目に留まる。当然ご存知の方も多いと思うが、佐吉もそんな「不思議な現象」に興味を覚え、はじめての著者なのにろくに立ち読みもせず、本書を買い求めたのだった。

 しかしいきなり率直な感想を云ってしまえば、佐吉には、この作品のどこがそんなに良いのかさっぱりわからなかった。床に叩きつけたくなるような駄作というのではないが、これといって評価すべきところの見当たらない、ひどく凡庸な作品としか思えなかった。この小説がなぜそれほどまでに絶賛されているのか……。以下、今回はあくまで感想文として、佐吉の感じたことを思いつくままに綴ってみる。なお、以下には多少「ネタバレ」がある。先におことわりしておく。

 まずこの作品は文章が未熟だ。そう云って語弊があるならライトノベルのようだと云い換えてもいい。決して生硬というのではないが、どことなく文芸サークルの同人小説でも読んでいるような素人くささを感じる。登場人物ではなく語り手がしばしば意見や感想を差し挟むのにも鼻白む。あるいは若い読者なら、それを親しみやすく読みやすいと好意的に評価することもできるのかもしれないが、少なくとも佐吉は、扱っているテーマの大きさに比べて稚拙だという印象を受けた。

 次に登場人物の存在感が薄い。主役の二人をはじめ、物わかりのいい叩き上げの老刑事、キャリア組のその上司など、ほとんどの登場人物がひどくステレオタイプで、あまり練られているように思えない。極端な云い方をすれば、プロットを進めるための単なる駒にしか見えず、リアルな人物像が立ち上がってこない。

 またそのプロットにしても、話のテンポが良いことは認めるが、都合の良い展開が多すぎてどうにも興が乗らない。一介のホームレスに警察があれこれ便宜を図る、またホームレスが警察の捜査に介入するなど、かなり無理のある展開も少なくない。人生に絶望してホームレスになったはずの主人公が、自分には直接関係のない事件の捜査に奔走する姿には、「おいおい」とツッコミを入れたくなるし、厳冬期にホームレスが、寝袋一つで行き当たりばったりにねぐらを探したりしていたら、たちまち凍死してしまうことくらい、ちょっと取材すればわかるはずだ。仮にも小説なら、そうした部分で読者をしらけさせないための準備や工夫が、もっとあって然るべきではないだろうか。世の中、思いつきだけの筋書きに、黙って付いてきてくれる素直な読者ばかりではない。

 さらに、読者に「こいつが犯人だろう」と思わせておいて、最後に「あっと驚くどんでん返し」というのがミステリの定石だとしても、中盤、少年が犯人ではないかと匂わせるそのやり方が強引すぎて閉口する。また一方で、妙に読者に親切なところがあって、実に気前良くヒントがちりばめられているため、誰が真犯人なのかがかなり早い段階で読めてしまう。それでいて最後の種明かしは、決してすっきりしたものではなく、むしろこじつけのような印象が残る。

 本書の帯には「人の肉体を殺したら罰せられるのに、人の心を殺しても罰せられないのですか?」という作中の印象的な台詞が引用されている。このフレーズに象徴されるように、「贖罪」と「救済」がこの作品の大きなテーマである。巷間での評判も、多くはそのテーマの描き方に対してのもののようだ。だがその描き方にしても、やはり消化不良の感が否めない。

 そもそも主人公がトラウマや過去の暗い記憶と向き合う話はさほど珍しいものではない。ミステリに限っても、そうした話はこれまでにごまんと書かれている。然るにこの作品においては、主人公や少年の心の闇の発端が呆れるほど陳腐だし、それに対峙する彼らの内面の描き方も、ステレオタイプの範疇を出ていない。むろん話に納得はいくのだが、それが心に響くかどうかは、また別の話である。

 大風呂敷を広げてはみたものの手に余り、結局ありきたりな落としどころに落ち着いただけ。一言で云えばそんな印象の作品である。「傑作を書いてやろう」という意気込みのようなものは窺えるのだが、筆力がそれに追いついていない。それがため、単に頭の中でこねくり回しただけの「おはなし」になってしまっている。佐吉にはそんなふうに思えた。

 読みながら何度も「これってライトノベルじゃないのか?」とカバーを見返した。が、もちろんそうではなかった。逆にこれが、アニメ調のカバーに本文にもイラストを挿入した、純然たるライトノベルとして上梓されていたなら、佐吉にしても「粗は目立つが、大人が読んでもそれなりに楽しめる」などと評価したかもしれないのだが……。

償い償い
矢口敦子

単行本, 幻冬舎, 2001/07


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