2007年06月20日

あなたに似た人 / ロアルド・ダール [書評]

あなたに似た人あなたに似た人
ロアルド・ダール / Roald Dahl
田村隆一

文庫本, 早川書房, 2000

 ロアルド・ダール『あなたに似た人』を読む。

 ダールは、『チョコレート工場の秘密』などの児童文学作品でつとに有名だが、同時に、しばしば「奇妙な味」と評される、独特のブラック・ユーモアに満ちた短編小説でも知られる鬼才である。『あなたに似た人』は、1953年に発表されたダールの初期の短編集であり、巷間ではこの作品をもって、彼の代表作、最高傑作とする声も高い。

 ダールの作品世界については、作家都築道夫の言が的確である。本書の訳者あとがきで田村隆一が引用しているので、ここに孫引きしておこう。
 「ダールは大ざっぱに言って、ふたつのテーマしかあつかわない。賭博に打ちこむ人間たちの心の恐しさ。それと人間の想像力の恐しさ、つまり、実際にはなんの現象もないところでも、人間があつまるとその想像力から、こんな恐しいことも起るのですよ、という恐しさ。このふたつのテーマである。(送り仮名は原文のまま)」
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2007年03月27日

空中スキップ / ジュディ・バドニッツ [書評]

空中スキップ空中スキップ
ジュディ・バドニッツ / Judy Budnitz
岸本佐知子

単行本, マガジンハウス, 2007/02/22

 読者にとっての訳者は、多くの場合黒子である。しかしときに、むしろ訳者によって世に知られる翻訳作品もある。たとえば、日本ではほとんど無名の作家の作品でも、それが柴田元幸や金原瑞人の訳書と聞けば、にわかに興味をそそられる人も少なくないだろう。翻訳家は、訳者であると同時に、その作品の紹介者でもある。多くの読者が、そんなふうに柴田や金原が「選んだ」作品として、しばしば彼らの訳書を手に取るのである。

 そして岸本佐知子もまた、そんな読者が訳者に惹かれて本を手にする翻訳家の一人である。岸本の訳書には、一風変わった作家の作品ばかりが並んでいる。ニコルソン・ベイカー、ジャネット・ウィンターソン、トム・ジョーンズ、スティーヴン・ミルハウザー、リディア・デイヴィス……。しかも彼らは、決して奇を衒っているのでなく、彼ら自身が持つ「何か」ゆえに、風変わりな作品を書かざるをえない作家たちなのである。続きを読む
2006年09月05日

星を継ぐもの / ジェイムズ・P・ホーガン [書評]

星を継ぐもの星を継ぐもの
ジェイムズ・P・ホーガン / James Patrick Hogan
池央耿

文庫本, 東京創元社, 1980/05

 SF好きな方には定番とも云える作品の一つだろう。『星を継ぐもの』は、本国イギリスでの発表が1977年、邦訳は1980年に刊行され、その翌年、さまざまなメディアの優れたSF作品に贈られる星雲賞の海外長編賞を受賞している。著者ジェイムズ・P・ホーガンは、これ一作で一躍スターダムにのし上がったという。

 人類が有人惑星探査を始めた近未来、月面に穿たれた洞窟で、宇宙服に身を包んだ一体の死体が発見された。綿密な調査の結果、その死体は現生人類、つまり我々とまったく同じ特徴を有していながら、死後5万年を経過したものであることが判明した。この男は何者か。地球上で進化した人類なのか、それとも他の惑星から来た未知の生命体なのか。あらゆる分野のトップクラスの科学者がその謎の究明にあたり、議論百出、百家争鳴、世界中が騒然とする。そんな中、今度は木星の衛星ガニメデで、明らかに地球のものではない巨大宇宙船と、地球上の生物とはまったく系統の異なる生物の死骸が発見された。宇宙船は、2500万年前に難破したものだった……。続きを読む
2006年08月26日

あなたに不利な証拠として / ローリー・リン・ドラモンド [書評]

あなたに不利な証拠としてあなたに不利な証拠として
ローリー・リン・ドラモンド / Laurie Lynn Drummond
駒月雅子

単行本, 早川書房, 2006/02

 五人の女性警察官を主人公に据え、(一編を除いて)その一人ひとりを語り手に、日常と呼ぶにはあまりにも過酷な、彼女たちの警察官としての日々を、内省的に、しかし冷徹に綴った連作短編集である。

 著者のローリー・リン・ドラモンドは、かつて実際にルイジアナ州バトンルージュ市警に勤務した元警察官であり、交通事故によって職を辞した後、大学でクリエイティブ・ライティングを学び、十二年の歳月をかけ、この処女短編集を書き上げたという。この中の一篇『傷痕』によって、彼女はMWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞最優秀短篇賞を受賞している。

 原題を『Anything You Say Can and Will Be Used Against You』という。アメリカで法執行官が被疑者を逮捕する際、被疑者に通告することが義務付けられている「ミランダ警告」という条文の一節である。映画やドラマなどで耳にしたことのある方も多いだろう、被疑者の権利の保護をうたったこの文言は、アメリカの警察官にとって、それを告知することを「Miranda-ize(本書では「ミランダする」と訳されている)」と一語で言い表すほど日常的かつ形式的な、言わばお約束である。この杓子定規な文言が、絶対的で融通のきかない組織の建前と、凄惨な事件現場、凶悪な犯罪者、そしてときに自らの生命の危機に直面する生身の人間の心情とのジレンマを象徴するかのように、作品全体に低く重くアイロニカルに響いている。続きを読む
2006年04月30日

追憶の夏 水面にて / H. M. ヴァン・デン・ブリンク [書評]

追憶の夏 水面にて追憶の夏 水面にて
H. M. ヴァン・デン・ブリンク / H. M. van den Brink
金原瑞人

単行本, 扶桑社, 2005/12

 ボート競技にかける若者の姿をみずみずしく描いた青春小説。とはいえ、いわゆるスポーツ小説やジュブナイルというのとは違う。これは、短いながら本格的な文芸作品である。

 新聞記者、TVディレクターという経歴を持つ著者H.M.ヴァン・デン・ブリンクの第一作となるこの作品は、本国オランダでベストセラーとなり、アメリカをはじめ他の多くの国でも高い評価を得ているという。邦訳の訳者金原瑞人も、自身のエッセイ『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』の中で、この作品を『短いけれど、数年に一冊といってもいいくらい完成度の高い作品で、本好きにはとても魅力的な本』と評している。続きを読む
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