2006年04月09日

しずかに流れるみどりの川 / ユベール・マンガレリ [書評]

しずかに流れるみどりの川しずかに流れるみどりの川
ユベール・マンガレリ / Hubert Mingarelli
田久保麻理

単行本, 白水社, 2005/06/28

 邦訳としては『おわりの雪』に続いて二冊目になるが、この作品は、児童文学作家としてデビューしたマンガレリの初めての一般向け長編小説である。そっとつぶやくような文体で、繊細な少年の哀しみや孤独を、一つの風景のように描いた『おわりの雪』と同様、この『しずかに流れるみどりの川』も、一歩ずつ大人へ近づいてゆく少年の内に広がる世界を、もの静かに、しかし瑞々しく描いた印象的な作品である。

 見渡す限りどこまでも広がる深い草はら。主人公の少年プリモは、その草原に囲まれた小さな町に、父と二人で暮らしている。父親は町のコンプレッサー工場を解雇され、以来定職に就けず、近所の家の庭の草むしりや芝刈りをして糊口を凌いでいる。電気も止められてしまうほどの貧しい生活の中、父子は裏庭に自生する「つるばら」を栽培し、それでひと儲けすることに希望をつないでいる。不揃いな百個の空きびんに「つるばら」の種を植え、毎日丁寧にその世話をする父と子。少年にとって「つるばら」は神からの贈り物である。二人は祈りを捧げるような厳粛さをもってその作業を繰り返す。続きを読む
2006年03月25日

おわりの雪 / ユベール・マンガレリ [書評]

おわりの雪おわりの雪
ユベール・マンガレリ / Hubert Mingarelli
田久保麻理

単行本, 白水社, 2004/12/10

 一切の装飾を省いたこの上なくシンプルな物語世界で、マンガレリは日常のささやかな情景を、そっとつぶやくように物語る。かぎられた小さな舞台、最小限の登場人物、大きな事件もなければ余計な説明もない。そのかぎりなく静寂に近い世界には、人生の純粋なエッセンスだけが存在し、そこでは、繰り返される日々の中の小さな変化が、季節の移り変わりとあいまって一つの物語となり、読む者の心に静かに沁み込んでくる。この作品の訳者田久保麻理は、あとがきの中で、マンガレリの作品をこう言い表している。
 そっけないほど淡々とした、やさしい言葉でつづられる作品は、読みこむほどに重みをましてゆく。それはまちがっても眉に皺をよせて深刻に考えこんでしまうような重みではなく、たとえるなら、人生の美しさと哀しみが凝縮した小さな雪の結晶が、すこしずつ大地に降り積もっていくような重み、とでもいったらいいだろうか。
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2005年10月12日

エドウィン・マルハウス / スティーヴン・ミルハウザー [書評]

エドウィン・マルハウス−あるアメリカ作家の生と死エドウィン・マルハウス−あるアメリカ作家の生と死
スティーヴン・ミルハウザー / Steven Millhauser
岸本佐知子

単行本, 白水社, 2003/08

 『エドウィン・マルハウス−あるアメリカ作家の生と死(1943−1954) ジェフリー・カートライト著』というのが正式なタイトルである。10歳にして不朽の名作『まんが』を物し、11歳で夭逝した天才作家の生涯を、彼と同い年の少年が書き記した伝記、という風変わりな構えの小説である。「幼年期」、「壮年期」、「晩年期」の三部に分け、巻頭には著者自身のまえがきに加え、文学者と思しき(架空の)人物が寄せた序文まで添えるなど、本格的な評伝を模した凝った作りになっている。

 伝記の著者ジェフリーは、生後六ヶ月のときに、隣家に生まれたこの物語の主人公エドウィンに出会う。以来、ジェフリーはこの隣人にして親友の行動をつぶさに観察し、並外れた記憶力をもってそれを精緻に再現してゆく。幼児期の言葉遊びに見られる天才の萌芽、絵本や玩具への強い執着、さまざまな友人たちとの出会いと彼らから受けた影響、身を焦がすような初めての恋、そして壮絶な創作活動と、自らをそうした世界に永遠に封じ込めようとするかのような凄絶な死。ジェフリーは大人顔負けの洞察力と表現力とによって、ときに慈愛に満ちた眼差しをもって、またときに辛辣な批評を交えながら、それらを冷徹に綴ってゆく。続きを読む
2005年06月06日

ナターシャ / デイヴィッド・ベズモーズギス [書評]

ナターシャナターシャ
デイヴィッド・ベズモーズギス / David Bezmozgis
小竹由美子

単行本, 新潮社, 2005/04/01

 デイヴィッド・ベズモーズギスは、1973年、旧ソ連時代のラトヴィアにユダヤ人の子として生まれ、6歳のときに両親とともにカナダに亡命している。バルト海に臨む小国ラトヴィアでは、第二次大戦中のナチス・ドイツの占領下で、またその後再併合されたスターリン政権下のソ連で、多くのユダヤ人が迫害を受けてきた。この作品は、そんなベズモーズギス自身の家族をモデルに、カナダに暮らす移民家族の生活を、息子の視点で描いた自伝的連作短編集である。

 主人公マークの父親は、故国では上量挙げソヴィエト代表のコーチとして特権階級にあった。しかしその一切を捨て、言葉さえ通じない国で生活を一から築いていこうとする彼とその家族は、移民先のカナダでいきおい苦しい生活を強いられ、加えて移民であるがゆえのさまざまな痛みや哀しみ、怒りや屈辱を経験する。いずれの作品にも、マークの家族とともに、彼ら以外のユダヤ系の人びとあるいはソ連の人びとが描かれていて、そこに、一家族の物語に留まらない、ユダヤ人としての、あるいはロシア系移民としての哀しみが浮かび上がってくる。

 しかしベズモーズギスの筆致は、それを声高に訴えるのでなく、そんな家族の生活の印象的な断片を切り取り、それを物静かに提示するだけである。またこの物語は、家族の物語であると同時に、マークの成長を描いた物語でもある。少年が子供から大人へと成長してゆく過程で体験するさまざまな痛みもまた、そこに鮮明に描かれている。続きを読む
2005年05月13日

さゆり / アーサー・ゴールデン [書評]

さゆり 上さゆり 上
アーサー・ゴールデン / Arthur Golden
小川高義

単行本, 文藝春秋, 1999/11

 舞台は昭和初期から戦後にかけての京都。貧しい漁師の家に生まれた娘千代は、祇園の置屋に身売りされ、後に彼女のよき理解者となる「会長さん」との出会いをきっかけに、祇園でも指折りの芸妓さゆりへと成長してゆく。その千代=さゆりの半生と、芸妓であるがゆえに果たせない「会長さん」への思いを、当時の祇園の細やかな描写を背景に、老女の回想録として描いた異色の海外小説。原題を『Memoirs of a Geisha』という。

 もちろんフィクションであるが、米国人男性作家が、ありがちな誤解や偏見に陥ることなく、第二次大戦前後の祇園とそこに生きた芸妓の姿を、彼女自身を語り手にリアルに描いたことで話題となり、本国ではベストセラーになっている。しかしこと日本においては、そのことだけでこの作品を評価してしまうのは少々もったいないような気がする。続きを読む
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