2005年03月25日

灰色の輝ける贈り物 / アリステア・マクラウド [書評]

灰色の輝ける贈り物灰色の輝ける贈り物
アリステア・マクラウド / Alistair MacLeod
中野恵津子

単行本, 新潮社, 2002/11

 デビュー以来31年間で発表した作品がわずかに短編16編という、カナダの「知られざる偉大な作家」アリステア・マクラウド。カナダ国内でさえ知る人ぞ識る存在だった彼は、1999年に上梓した初の長編『No Great Mischief(邦題「彼方なる歌に耳を澄ませよ」)』によって広く知られるところとなり、その後、その16編を年代順に収録した短編集『Island』が刊行された。本書には、そのうちの前半8編が収められている。

 作品のほとんどは、彼の育ったケープ・ブレトン島を舞台にしている。『赤毛のアン』で有名なプリンス・エドワード島の東に位置する島である。美しい自然に囲まれ、「世界で一番眺望の美しい島」と評される一方、冬には雪と氷に閉ざされる極寒の土地でもある。住民の多くはスコットランドからの移民の子孫で、ゲール語に代表されるケルト文化を伝承しつつ、永く漁業と採炭と畜産とによって生活を営んできた。続きを読む
2005年03月15日

奇跡も語る者がいなければ / ジョン・マグレガー [書評]

奇跡も語る者がいなければ奇跡も語る者がいなければ
ジョン・マグレガー / Jon McGregor
真野泰

単行本, 新潮社, 2004/11/25

 誰にも永久に記憶にとどめておきたいと思う瞬間がある。いや、何も特別な瞬間でなくとも、日常のふとした出来事がとても大切なものに思えることがある。もちろんそれらは、世界に伝えられるわけでもなく歴史に残るわけでもない。それどころか、誰かに話しても一笑に付されるだけかもしれない。しかしそれでも本人にとって、そうした瞬間は疑いようもないほど確実に存在する。人はそれを何らかの意味を持つものと考えることができるし、また実際、そうなのかもしれない。

 イギリスの新鋭ジョン・マグレガーのデビュー作となるこの作品は、日常の何気ない一瞬一瞬が、それぞれにとってそれぞれの意味を持つかけがえのない瞬間であり得ること、この世界がそんな瞬間に満ち満ちていること、そして、それらがどこかで互いにつながっているかもしれないということを、みずみずしい筆致で描いている。続きを読む
2005年03月11日

若かった日々 / レベッカ・ブラウン [書評]

若かった日々若かった日々
レベッカ・ブラウン / Rebecca Brown
柴田元幸

単行本, マガジンハウス, 2004/10/21

 レベッカ・ブラウンの自伝的連作短編集。レベッカ・ブラウンの文章は、その言葉も文体もシンプルでストレートだ。気負った言葉で語気を強めたり、意外な言い回しで読者の意表をついたりということをしない。しかしレベッカ・ブラウンは、そうした文章によって、人間の心の奥深い部分をくっきりと浮かび上がらせる作家である。

 誰もが幼い頃には今とは違った世界を見ていた。この作品は、彼女の幼年時代から思春期を経て、成人し両親を亡くすまでのさまざまな体験を描き、それらを通して彼女自身の目に写った世界を描いている。それは読者自身がじかに体験しているかのようにリアルで、ときに恐ろしいまでに鮮明だ。そしてその視線の奥に、過ぎ去った日々を懐かしむのでなく、むしろ、現在の自分を見つめ直す視線が感じられる。続きを読む
2005年03月07日

フェルマータ / ニコルソン・ベイカー [書評]

フェルマータフェルマータ
ニコルソン・ベイカー / Nicholson Baker
岸本佐知子

単行本, 白水社, 1998/08

 もしも時間を止めることができたら。誰もが一度はそんなことを夢想した経験があるだろう。すべてが動きを止めた世界で、誰にも邪魔されず、誰にも気づかれず、自由に振舞うことができたら、と。この作品は、そんな自らの欲望を完全に解き放てる状況の中で、どこまでもエスカレートしてゆく一人の男の妄想を、緻密に、生々しく、そしてユーモラスに描いた作品である。

 主人公アーノは時間を止める能力を持っている。彼はその状態を《襞》と呼び、その中でひたすら女性の服を脱がし、裸を見ることに執心する。物語は彼の自伝として語られる。彼の性格はかなり風変わりで、それでいてどこか憎めないところがある。平和主義者で、《襞》の中で窃盗や殺人、強姦などの悪事を働いたりはせず、一方で女性の服を脱がすことに関してはまったく罪の意識がない。アーノの意識の中では、彼の姿勢はあくまで耽美的で、その行為は女性にとっても善であると信じて疑わない。それゆえ彼は、そのためにさまざまな工夫を凝らし、ひたむきな努力を傾ける。その姿は、ときに子供のように純粋で、微笑ましくさえある。続きを読む
2005年03月06日

もしもし / ニコルソン・ベイカー [書評]

もしもしもしもし
ニコルソン・ベイカー / Nicholson Baker
岸本佐知子

単行本, 白水社, 1996/08

 会員制のセックス・テレホンで知り合ったジムとアヴィ。意気投合した二人は、一対一の「奥の個室」で何時間にもわたってそれぞれの性的幻想や体験を語りあう。二人は言葉だけで互いを刺激しあい、興奮を高めあい、やがて同時にオーガズムに達する。この作品は、その一部始終を二人の会話だけで描いた異色の「電話小説」である。

 二人の会話は、脱線を繰り返しながら、セックスの周辺でさまざまに際限なく展開してゆく。もちろんベイカー独特の破天荒な想像力と病的なまでに緻密な描写は、ここでもとどまるところを知らない。

 ただし二人が語る幻想は、会話によるセックスというのとは微妙に違う。注意して読めば、それらのほとんどが、実は二人それぞれのマスターベーションについての幻想であることに気付く。各々が実体験について話す場面においても、具体的な相手を伴うセックスの話は周到に避けられている。考えてみれば、セックスが相手をよりリアルに愛そうとするものであるのに対し、マスターベーションの幻想はむしろ現実からどんどん遠ざかり、純粋な空想の世界へと向かう。ベイカーの描くそうした幻想は、ついには肉体すら超越し、さらには意外なイメージと結びついて、ときに思いも寄らぬ美しい像を結ぶ。続きを読む
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