2008年07月07日

母と旅した900日 / 王一民 ・ ユ・ヒョンミン [書評]

母と旅した900日母と旅した900日
王一民, ユ・ヒョンミン
蓮池薫

単行本, ランダムハウス講談社, 2008/02/28

 去る2002年、24年に渡る北朝鮮での拉致生活ののち日本に帰国したあの蓮池薫氏が、現在翻訳家として活躍されていることを、評者は寡聞にして知らなかった。評者がそのことを知ったのは、先日放送されたNHKの書評番組「週刊ブックレビュー」においてだった。その日、特集コーナーのゲストとして登場した蓮池氏は、氏の最新の訳書である本書とともに紹介されていた。

 本書は、99歳の母と、その母親を乗せたリヤカーを自転車で牽いて、3万キロに及ぶ旅をした74歳の中国人男性の、壮大な親子愛を綴ったノンフィクションである。中国全土で大きな話題となり、日本でもそのドキュメンタリー番組が紹介されたこの実話を、本人へのインタビューをもとに、韓国人作家ユ・ヒョンミンが文章にまとめたものである。続きを読む
2008年03月28日

自分の体で実験したい-命がけの科学者列伝 / レスリー・デンディ他 [書評]

自分の体で実験したい−命がけの科学者列伝自分の体で実験したい−命がけの科学者列伝
レスリー・デンディ, メル・ボーリング
梶山あゆみ

単行本, 紀伊國屋書店, 2007/02

 あるいはカバー(ジャケット)のイラストから、自作の翼で空を飛べると信じ、高い崖や塔の上から飛び降りたタワージャンパーたちのように、自説を過信するあまり無謀な実験を試みたトンデモ科学者の話かと思う人もあるかもしれない。が、そうではない。本書は、ときに自らの生命にさえかかわる危険な実験に挑むことによって、新たな知見を拓いた科学者たちの逸話を綴った、いたって真面目な科学系の読み物である。原題は “Guinea Pig Scientists(モルモット科学者たち)”。もともとは青少年向けに書かれたもので、2006年に全米科学教師会主催の「優れた子ども向け一般科学書に贈られる賞」を受賞している。

 本書には、18世紀から現代にかけて、文字どおり自分の身体で実験をした科学者たちのエピソード10例が紹介されている。人間はどれだけの高温に耐えられるかを探ろうと、100度を超える室内に身を置いたジョージ・フォーダイス。消化の仕組みを調べるため、食物を入れた亜麻布の袋や木の筒を次々に飲み込んだラザロ・スパランツァーニ。ペルーいぼ病の謎を解明すべく、自ら病原菌に感染したダニエル・カリオン……。続きを読む
2008年02月21日

煙る鯨影 / 駒村吉重 [書評]

煙る鯨影煙る鯨影
駒村吉重

単行本, 小学館, 2008/01/31

 日本には今も現役の商業捕鯨船が存在する。

 と云うと、あるいは意外に思われる方もいらっしゃるかもしれない。国際捕鯨委員会(IWC)における「商業捕鯨の一時停止」措置の決定を受け、日本では現在、調査捕鯨のみが行われていて、商業捕鯨はまったく行われていない、と、きっと多くの方が思われているに違いない。評者もこの本に出会うまではそう思っていた。

 しかし実際には、IWCが保護の対象としているのは、83種の鯨類のうち、シロナガス鯨、セミ鯨、イワシ鯨などの髭鯨を中心とする13の大型種であって、それ以外の鯨類については、今もなお商業捕鯨が可能なのである。

 とは云え、需要と供給のバランスから云えば、大型鯨類の捕獲禁止は、事実上、商業捕鯨の全面禁止に等しい。水産庁の管理のもと、現在日本で5艘のみが操業している小型捕鯨船が獲っているのは、肉に独特の臭みがあるため、国内でも一部の地域でしか需要のない、ゴンドウ鯨、ツチ鯨といった小型の歯鯨である。しかもそのわずかな需要さえ、近年、徐々に減りつつあり、ただでさえ逼迫している日本の商業捕鯨を取り巻く環境は、出口の見えないトンネルの中にいるようである。本書は、そうした厳しい状況の中、それでもなお鯨を追い続ける海の男たちを追った、著者渾身のドキュメンタリーである。続きを読む
2008年02月18日

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 / 米原万里 [書評]

嘘つきアーニャの真っ赤な真実嘘つきアーニャの真っ赤な真実
米原万里

文庫本, 角川書店, 2004/06

 そのあまりにも早すぎる訃報(2006年5月)もまだ記憶に新しい、ロシア語通訳にしてエッセイスト、作家でもあった米原万里の『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を読む。大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した本書は、米原自身を主人公に、彼女の在プラハ・ソビエト学校時代の3人の旧友との再会を描いた作品である。

 かつてプラハには、国際共産主義運動の理論誌の編集局があり、マリ(米原)の父は日本共産党からそこに編集員として派遣されていた。マリは1960年から1964年、彼女にとっては9歳から14歳までの約5年間をかの地で過ごした。彼女が通った在プラハ・ソビエト学校は、ソ連外務省が直接運営する外国共産党幹部の子女のための学校で、そこには当時、50ヵ国以上もの国々の子どもたちが学んでいた。故国を離れて暮らす彼らは皆「イッパシの愛国者」だった。米原は彼らの愛国心について、
 異国、異文化、異邦人に接したとき、人は自己を自己たらしめ、他者と隔てるすべてのものを確認しようと躍起になる。自分に連なる祖先、文化を育んだ自然条件、その他諸々のものに突然親近感を抱く。これは、食欲や性欲に並ぶような、一種の自己保全本能、自己肯定本能のようなものではないだろうか。
 と云い、また彼女自身、そこで「愛国心の萌芽のような」感情をはじめて自覚したと語る。続きを読む
2006年02月15日

だから山谷はやめられねぇ-「僕」が日雇い労働者だった180日 / 塚田努 [書評]

だから山谷はやめられねぇ-「僕」が日雇い労働者だった180日だから山谷はやめられねぇ-「僕」が日雇い労働者だった180日
塚田努

単行本, 幻冬舎, 2005/12

 ごく平凡な大学生活を送っていた著者は、卒業を控え、自分のやりたいこともはっきりしないまま企業に就職してしまうことに漠然と疑問を感じていた。そんな頃、彼はふとしたきっかけで日雇い労働者たちの生き方に興味を抱いた。社会のレールをはずれて生きる彼らは、日々何を思い、どう暮らしているのか。それを知ることで自らの将来についての疑問に何かしら答えが得られるかもしれないと考えた著者は、就職活動を放棄し、山谷のドヤ街に身を投じ、労働者たちと同じ生活を始める。本書は、その著者がドヤ街の男たちと寝食を共にした180日間の奮闘ぶりを綴ったノンフィクションである。

 その内容は、綿密な取材によって日雇い労働者の実態を描いたドキュメンタリーというのでなく、著者がじかに体験することによって知り得たことを記し、それを通して彼自身が考えたことを綴った、一人の若者の手記である。しかしそれゆえに、ドヤ街や飯場でその日その日を生きる男たちの生活が、彼らの体臭がにおってきそうなほど生々しく描かれており、また、著者自身の働くことに対する疑問や葛藤が率直に語られている。続きを読む
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。