2008年03月20日

翻訳家の仕事 / 岩波書店編集部編 [書評]

翻訳家の仕事翻訳家の仕事
岩波書店編集部編
新書, 岩波書店, 2006/12

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 翻訳とは、考えれば考えるほどわけのわからない行為である。ある言語で書かれたことがらを、完全に他の言語に置き換えることは原理的にできない。なのに翻訳家たちは、そんなことは百も承知で、原著と限りなく等価に近い相似物を創ろうと、訳語一つに呻吟する。いったい翻訳の何が彼らを惹きつけるのか。そもそも翻訳とはどういうことなのか。単純に答えの出せる質問ではないだろうが、本書はそんなつかみどころのない問いに対し、いくつかの手がかりを与えてくれる。

 本書は、岩波書店の雑誌『図書』に連載された「だから翻訳はおもしろい」をまとめたエッセイ集である。現役の翻訳家37人が、翻訳の魅力や苦悩や愉悦をありのままに語っている。高尚な比較文化論を展開する人、自らの来し方を振り返る人、翻訳にまつわる軽妙なエピソードを紹介する人、語り口は十人十色である。

 もっとも、雑誌連載時のタイトルとは裏腹に、翻訳が楽しくて仕方がないという人はほとんどいない。多くの翻訳家が、むしろその作業の難しさやもどかしさ、苛立ちや焦りを口にする。続きを読む


2008年03月05日

古本屋の女房 / 田中栞 [書評]

古本屋の女房古本屋の女房
田中栞
単行本, 平凡社, 2004/11

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 古本屋の店主や古書の愛好家が、古本屋にまつわるエピソードや古書についての薀蓄を語った書は枚挙に暇がない。そうした「古本の本」は古本好きにはこたえられないものである。評者もご多分にもれず、作家にして古書店の店主でもあった出久根達郎や、無類の古本好きで「神保町ライター」を自称する岡崎武志などのエッセイを愛読している。本書『古本屋の女房』もまた古本と古本屋について書かれたエッセイの一冊なのだが、この本は著者が女性であるという点で、ひときわ異彩を放っている。

 著者の田中栞は、本好き、古本好きが高じて古本屋の主人と結婚し、文字通り「古本屋の女房」となった女性である。そんな彼女だから、妊娠、出産、育児と家庭のことに追われながらも、趣味と実益を兼ねた古書マニアはやめられない。大きなお腹を抱えて、赤ん坊を負ぶって、ベビーカーを押して、おじさんたちの加齢臭立ちこめる古書展に出向き、篆刻教室に通ってオリジナルの蔵書印を作り、全国各地の古本屋を訪ねてはせどりに励む。ちなみに「せどり」とは、ブックオフの100円均一本など他の古書店で安く仕入れた書籍を、より高い値段で転売して利鞘を稼ぐことをいう。

 本書の紹介文で彼女自身が云っているように、田中は『古本屋と古本業界と家庭の裏事情を赤裸々に』綴っている。生活感あふれる語り口で、こんなことまで明かしていいのかと思うようなことさえ、あきれるほどおおらかに語っている。本文に60点近く挿入された彼女自身の手になるイラストもほのぼのとして楽しい。幼い子どもの手を引き、大きなリュックを背負い、文庫本をぎっしり詰めたショッピング・カートを引いて、次はこの店、今度はあの店と、せどりに全国を駆け回る彼女の奮闘ぶりは実に痛快で、そのパワフルさに思わず圧倒されそうになる。続きを読む


2007年03月09日

字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ / 太田直子 [書評]

字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ
太田直子
新書, 光文社, 2007/02/16

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 太田は、これまで千本以上の映画の字幕を手がけてきた字幕翻訳者である。本書は、そんな彼女が映画翻訳の舞台裏や、言葉に携わるものとして気になる日本語の用法のあれこれについて語ったエッセイである。

 字幕翻訳の、他の分野の翻訳と最も大きく異なる点は、その字数制限にある。スクリーン上に表示できる字数には限りがあるし、字幕は役者が台詞をしゃべっている間に、観客が読みきれるものでなければならない。太田によると、観客が読める字数は、一秒間にわずか四文字(!)なのだという。

 また映画字幕には、一般的な観客にわからない専門用語や難読漢字は使えないし、禁止用語にも気を配らなければならない。人称代名詞の選び方も大事だし、原語の語順を考慮しなければならない場合もある。文化の違いも厄介な問題だし、さまざまな専門知識も求められる。そうした特殊な制約や要求のもと、大切な情報やニュアンスを、映画のイメージに沿って、ほんのわずかな字数で伝えてゆく字幕翻訳者の奮闘ぶりを、太田は小気味良いテンポで綴ってゆく。続きを読む


2005年04月24日

一日江戸人 / 杉浦日向子 [書評]

一日江戸人一日江戸人
杉浦日向子
文庫本, 新潮社, 2005/03

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 肩の凝らない軽妙なおしゃべりやエッセイ、そして楽しいイラストで、江戸庶民の様々な文化や風習を紹介する江戸風俗研究家、杉浦日向子。本書もまた彼女ならではの、楽しく気軽に読める江戸の超実用的 (?) ガイドブックの一冊である。

 ちょうど、かつてNHKで放送された『お江戸でござる』での解説のように、イラストをふんだんに盛り込んだコラムの形で、江戸の人々の暮らしや嗜好を、一つひとつ面白おかしく紹介してゆく。江戸の市井の人々、奇人変人、色男や美女を紹介した入門編。長屋での生活、夏冬の過ごし方を眺めた初級編。中級編では酒や食にまつわる話に相撲話、そして、今でも江戸の気分を味わえる東京の散歩コースを紹介し、上級編では当時の庶民の旅の様子や春画、意匠、洒落を考察する。続きを読む


2005年03月07日

世界は「使われなかった人生」であふれてる / 沢木耕太郎 [書評]

世界は「使われなかった人生」であふれてる世界は「使われなかった人生」であふれてる
沢木耕太郎
単行本, 暮しの手帖社, 2001/11

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 雑誌『暮らしの手帖』に連載された映画評三十篇に、書き下ろしのエッセイ二篇を加えて一冊としたもの。

 人は誰でも、大なり小なりいくつかの分岐点を経て今に至っている。そして時に、分岐のこちら側でなくあちら側を選んでいたらどうなっていただろうと夢想することがある。分岐の向こう側の「ありえたかもしれない人生」は、もう手が届かないがゆえに甘美ではあるが夢でしかない。しかし、分岐のあちら側にはもう一つ、「使われなかった人生」がある。「使われなかった人生」は「使わなかった人生」でもあり、そこには、具体的な可能性があったという近さがある。自分にとっての「使われなかった人生」とは何か。映画はそれを考えさせてくれると沢木は語る。続きを読む



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