2008年09月01日

左対右 きき手大研究 / 八田武志 [書評]

左対右 きき手大研究左対右 きき手大研究
八田武志

単行本, 化学同人, 2008/07/20

 古来、左ききについてはさまざまな俗説が唱えられてきた。曰く、左ききには天才が多い、左ききは短命である、左ききは音楽の才能に優れる、左ききには同性愛者が多い……。たしかに野球などいくつかのスポーツにおいて、左ききが有利とされるのは素人考えにも納得がいくが、こうした俗説一つひとつについてはどうなのだろう。それぞれにどの程度正しいと云えるのだろう。

 またこうして考えてみると、そもそもなぜきき手なるものが存在するのかという疑問も湧いてくる。きき手はいつどのようにして決まるのか、なぜ右ききが多いのか、きき手を矯正するのは良いことなのか、きき手は人間にだけあるのか……。身近な現象でありながら、いや、むしろ身近であるがゆえ(右ききである評者は)ことさら意識したこともなかったが、あらためて振り返ってみると、我々はきき手について、はっきりこうだと云えるような知見をほとんど持っていないことに気付く。続きを読む
2008年04月07日

納棺夫日記 増補改訂版 / 青木新門 [書評]

納棺夫日記 増補改訂版納棺夫日記 増補改訂版
青木新門

文庫本, 文藝春秋, 1996/07

 富山県で葬儀社に勤め、遺体を拭き清め、棺に納める仕事に就いていた著者が、その「納棺夫」としての日々と、それを通して思い巡らせた生と死についての哲学的論考を、清澄かつ力強い文章で綴った一冊である。本編は三つの章から成っており、もともと地方出版社から刊行されたものを文庫化した本書には、それに加えて「『納棺夫日記』を著して」という後日談が収められている。

 著者の青木新門はかつて、東京の大学を中退し、故郷の富山でスナックを経営するかたわら詩や小説を書いていた。その頃たまたま店に立ち寄った作家の吉村昭に見出され、吉村が編集委員を務める同人誌に小説を発表し、評判を得たこともあった。しかし、ならばと色気を出して書いた二作目以降は惨憺たる出来で作家になる目処は立たず、やがて経営していたスナックも倒産する。借金に追われ、夫婦喧嘩が絶えなくなり、それでもなお原稿用紙に向かい続ける夫に妻は、生まれたばかりの娘のドライミルクを買う金もないと、新聞を投げつける。床に落ちたその新聞に載っていた求人広告が、青木が「納棺夫」になるきっかけとなった。どんな仕事なのかもわからぬまま、青木はその求人に応募した。続きを読む
2007年04月21日

裁判長!ここは懲役4年でどうすか / 北尾トロ [書評]

裁判長!ここは懲役4年でどうすか裁判長!ここは懲役4年でどうすか
北尾トロ

文庫本, 文藝春秋, 2006/07

 2004年の「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」の成立を受け、来る2009年、日本で裁判員制度が導入される。あなたもわたしも(有権者であれば)、裁判員として法廷に赴く日がいずれやってくるかもしれない。とはいえ、まだほとんどの人にとって、法廷とは、映画やTVの画面を通してしか見ることのない、普段の生活からはおよそ縁遠い、そしてできればあまり関わり合いになりたくない場所ではないだろうか。少なくとも評者にとってはそうだ。

 だから評者がこの本を手に取ったのも、裁判員制度の施行にそなえ、裁判についてもっと詳しく知っておかねば、などといった高尚な義務感に駆られたからではない。ただ単に、書店でぱらぱらとめくってみたら面白そうだったからという、いつもと変わらぬ理由からである。が、それらを読み終えたいま、評者は、裁判員を務めるのもわるくないかな、とさえ思っているのである。続きを読む
2006年04月11日

驚異の百科事典男 世界一頭のいい人間になる! / A. J. ジェイコブズ [書評]

驚異の百科事典男 世界一頭のいい人間になる!驚異の百科事典男 世界一頭のいい人間になる!
A. J. ジェイコブズ / A. J. Jacobs
黒原敏行

文庫本, 文藝春秋, 2005/08/03

 ビジネス書のコーナーにでも並んでいそうな、このいかにも胡散臭いタイトルの本は、実はブリタニカ百科事典全32巻を読み通した一人の雑誌編集者の手記である。

 著者A.J.ジェイコブズは、ポップ・カルチャーを扱う雑誌の編集者である。幼い頃には自分を「世界一頭のいい人間」だと思っていたが、ご多分にもれず、いつしか神童の輝きは薄れ、大学を出てジャーナリストとなり、35歳を過ぎた今、彼は日に日に自分の知的レベルが低下しているのではないかと危惧している。そこで彼は、かのブリタニカ百科事典を全巻読破することを思い立つ。続きを読む
2006年01月30日

神話がわたしたちに語ること / カレン・アームストロング [書評]

神話がわたしたちに語ること神話がわたしたちに語ること
カレン・アームストロング / Karen Armstrong
武舎るみ

単行本, 角川書店, 2005/10/31

 世界32ヵ国の名だたる現代作家を語り部に、世界各地の神話を今に語りなおそうという「新・世界の神話」プロジェクトの第一弾。ただし本書自体は物語ではなく、世界の神話の歴史を概観し、それが人間にとってどういうものであったかを説き明かし、あわせて現代の我々にとっての神話とは何であるかを考察した書である。世界神話史の概論であると同時に、プロジェクトの基調を成す一冊でもある。

 曰く、人間は意味を求める生き物である。そしてそのために物語を作りだす。神話の多くは、論理的な思考によっては解決できない、日常のさまざまな問題に関する苦しみから生まれた。太古の時代、神話は人生の意味や意義を説き明かし、この世界でより豊かに生きるためには何をしなければならないかを教えてくれる人生の案内書だった。また同時に神話は、論理的かつ実利的な思考、すなわち「ロゴス」と相補的な関係にあった。神話と理性のそれぞれに受け持つ領域があり、人々はそのどちらの思考様式をも必要としていた。

 ところが文明が興り、ロゴスが人間の生活にめざましい発展をもたらすようになると、それに追いやられるようにして、神話に象徴される古い精神性は人々の意識から遠のいていった。しかしロゴスは、人間の根源的な苦しみや欲求に対して、神話に代わるものを産み出すことができなかった。それゆえ中世には絶望感や無力感におそわれる者が現れはじめ、さらに20世紀になると、人々は近代化の途方もない夢が虚像にすぎなかったことに気づき、虚無感や喪失感が広く社会を覆うようになった。現代社会はかつてない危機的状況に瀕しており、そこに巣食う問題の多くは、神話が失われてしまったことに深く関係している。我々には神話が必要である。続きを読む
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