2008年03月28日

自分の体で実験したい-命がけの科学者列伝 / レスリー・デンディ他 [書評]

自分の体で実験したい−命がけの科学者列伝自分の体で実験したい−命がけの科学者列伝
レスリー・デンディ, メル・ボーリング, 梶山あゆみ
単行本, 紀伊國屋書店, 2007/02

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 あるいはカバー(ジャケット)のイラストから、自作の翼で空を飛べると信じ、高い崖や塔の上から飛び降りたタワージャンパーたちのように、自説を過信するあまり無謀な実験を試みたトンデモ科学者の話かと思う人もあるかもしれない。が、そうではない。本書は、ときに自らの生命にさえかかわる危険な実験に挑むことによって、新たな知見を拓いた科学者たちの逸話を綴った、いたって真面目な科学系の読み物である。原題は “Guinea Pig Scientists(モルモット科学者たち)”。もともとは青少年向けに書かれたもので、2006年に全米科学教師会主催の「優れた子ども向け一般科学書に贈られる賞」を受賞している。

 本書には、18世紀から現代にかけて、文字どおり自分の身体で実験をした科学者たちのエピソード10例が紹介されている。人間はどれだけの高温に耐えられるかを探ろうと、100度を超える室内に身を置いたジョージ・フォーダイス。消化の仕組みを調べるため、食物を入れた亜麻布の袋や木の筒を次々に飲み込んだラザロ・スパランツァーニ。ペルーいぼ病の謎を解明すべく、自ら病原菌に感染したダニエル・カリオン……。続きを読む


2007年04月21日

裁判長!ここは懲役4年でどうすか / 北尾トロ [書評]

裁判長!ここは懲役4年でどうすか裁判長!ここは懲役4年でどうすか
北尾トロ
文庫本, 文藝春秋, 2006/07

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 2004年の「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」の成立を受け、来る2009年、日本で裁判員制度が導入される。あなたもわたしも(有権者であれば)、裁判員として法廷に赴く日がいずれやってくるかもしれない。とはいえ、まだほとんどの人にとって、法廷とは、映画やTVの画面を通してしか見ることのない、普段の生活からはおよそ縁遠い、そしてできればあまり関わり合いになりたくない場所ではないだろうか。少なくとも評者にとってはそうだ。

 だから評者がこの本を手に取ったのも、裁判員制度の施行にそなえ、裁判についてもっと詳しく知っておかねば、などといった高尚な義務感に駆られたからではない。ただ単に、書店でぱらぱらとめくってみたら面白そうだったからという、いつもと変わらぬ理由からである。が、それらを読み終えたいま、評者は、裁判員を務めるのもわるくないかな、とさえ思っているのである。

 著者の北尾トロは、オンライン古書店「杉並北尾堂」の店主にしてライター。主な著書に『ぼくはオンライン古本屋のおやじさん』『キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか』『怪しいお仕事!』『気分はもう、裁判長』などがある。本書は、2001年から2003年にかけて、雑誌『裏モノJAPAN』に連載された『人生劇場』に加筆、これに書下ろしを加えたものであり、2007年4月には、その続編『裁判長!これで執行猶予は甘くないすか 』が刊行されている。続きを読む


2006年01月30日

神話がわたしたちに語ること / カレン・アームストロング [書評]

神話がわたしたちに語ること神話がわたしたちに語ること
カレン・アームストロング, Karen Armstrong, 武舎るみ
単行本, 角川書店, 2005/10/31

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 世界32ヵ国の名だたる現代作家を語り部に、世界各地の神話を今に語りなおそうという「世界の神話」プロジェクトの第一弾。ただし、本書自体は物語ではなく、世界の神話の歴史を概観し、それが人間にとってどういうものであったかを説き明かし、現代の我々にとっての神話とは何かを考えるもの。世界神話史の概論であると同時に、このシリーズの基調を成す一冊でもある。

 曰く、人間は意味を求める生き物である。そして、そのために物語を考え出す。神話は多く、論理的な思考によっては解決できない、日常の問題に関する様々な苦しみから生まれた。太古の時代、神話は、人生の意味や意義を説き明かし、この世界でより豊かに生きるためには何をしなければならないかを教えてくれる人生の案内書だった。また同時に神話は、論理的、実利的な思考法、すなわち「ロゴス」と相補的な関係にあった。神話と理性のそれぞれに受け持つ領域があり、人々はどちらの思考様式をも必要としていた。続きを読む


2005年09月05日

江戸の性風俗−笑いと情死のエロス / 氏家幹人 [書評]

江戸の性風俗―笑いと情死のエロス江戸の性風俗―笑いと情死のエロス
氏家幹人
新書, 講談社, 1998/12

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 性に関する商品や情報が巷にあふれている一方で、現代の多くの日本人にとって、性愛に関する話題は、人前で話すことがはばかられるものでもある。しかし、江戸幕末期の高級官僚川路某の日記は、当時、猥談や艶笑談が一家団欒の話題として、日頃からおおっぴらに語られていたことを子細に伝えている。

 今の我々の感覚ではおよそ想像しがたい光景だが、それは決して川路家が特別だったということではなく、そうした光景は、当時ごく当たり前に見られたのだと、氏家は読み解く。そもそも現在の日本人の、恋愛や性愛はプライベートなものという考え方は、近代以降、西洋から輸入された思想に負うところが大きいのだという。ならば、それ以前の日本人は性に対してどんなイメージを持っていたのか。本書はそれをテーマに据えている。続きを読む



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