2008年01月31日

藤沢周平のツボ 至福の読書案内 / 朝日新聞週刊百科編集部編 [読書日記]

藤沢周平のツボ 至福の読書案内藤沢周平のツボ 至福の読書案内
朝日新聞週刊百科編集部編

文庫本, 朝日新聞社, 2007/12

 NHK BS に「わたしの藤沢周平」という番組がある。毎回ひとつの藤沢作品を取り上げ、その作品世界を紹介するとともに、各界から招かれた一人のゲストが、その作品への思い入れを熱く語るというものである。佐吉も何度か見たことがある。

 しかし考えてみれば、こんな番組が成り立つ作家はそうはいない。むろん一般にも各界の著名人にも、多くの愛読者がいる作家でなければならないことは云うまでもないが、だからと云って、人気作家なら誰でもいいというわけではない。いくら多くの読者に愛されている作家でも、皆が異口同音に賞賛するだけなら、毎回同じような話になってしまい、番組が続かない。

 そうしてみると、藤沢周平という人物は、多くの人々の心の琴線に触れ、なおかつそのそれぞれに、違った音色を響かせる作家だと云うことはできないだろうか。「わたしの藤沢周平」と番組のタイトルにもあるとおり、藤沢作品の読者は、それをひとつの個人的体験と捉えることによって、つまりそこに自分自身の人生を重ね合わせることによって、一人ひとりが違った感銘を受けるのかもしれない。そしてそれゆえに、今なお多くの読者が藤沢作品に惹かれるのかもしれない。続きを読む
2008年01月26日

ことばの波止場 / 和田誠 [読書日記]

ことばの波止場ことばの波止場
和田誠

単行本, 白水社, 2006/11

 星新一や丸谷才一の一連の著作、最近では三谷幸喜のエッセイなど、本の装丁でもお馴染みのイラストレーター和田誠が、イラストならぬ「ことば」について語った一冊、『ことばの波止場』を読む。児童書に関するセミナーで、和田がはじめて行った、ことば遊びについての講演に加筆したものである。和田自身の「個人史」に乗せて、しりとり歌、替え歌、回文、アナグラムなど、さまざまなことば遊びの楽しさを、豊富な具体例とともに紹介している。

 その一例をここにも紹介しよう。「いろは」についてのエピソードである。

 「いろは」は、ご存知のとおり、仮名四十七文字をすべて一度ずつ使って作られた手習い歌である。かつては弘法大師の作という説もあったが、今は平安中期に成った詠み人知らずの歌とされている。続きを読む
2007年07月02日

あやしい本棚 / 中野翠 [読書日記]

あやしい本棚あやしい本棚
中野翠

単行本, 文藝春秋, 2001/04

 中野翠の『あやしい本棚』(2001)を読む。先日Yahoo!オークションで、「本棚セット」と称して、川本武の『本棚が見たい!1〜3』(1996〜1998)、唐沢俊一の『カルトな本棚』(1997)と抱き合わせで出品されていたのを落札したものである。

 ちなみに『本棚が見たい!』と『カルトな本棚』は、それぞれタイトルのとおり、さまざまな知識人やカルトな人々の本棚を取材し、あわせて各人の読書論を紹介したものだが、『あやしい本棚』はそうした「本棚拝見本」ではなく、さまざまな雑誌や新聞に掲載された中野の書評集である。

 中野翠については、佐吉は名前こそ知っていたが、その著作を読んだことはなかった。もちろん今回の落札に関しても、中野の本が目当てというわけではなかった。が、それは思いがけず、他の4冊以上にめっけものだった。続きを読む
2007年05月19日

死ぬための教養 / 嵐山光三郎 [読書日記]

死ぬための教養死ぬための教養
嵐山光三郎

新書, 新潮社, 2003/04/10

 「はじめに」で嵐山はこう語る。
 宗教を信じられない人間には、ただ「死ぬための教養」だけが必要となります。いざとなったら、死に対する教養のみが、自己の死を受け入れる処方箋となるのです。死は、思わぬときに、ふいに襲ってきます。それは恐怖であるとともに最後の「愉しみ」ですらあるのです。宗教を信じなくとも、平穏に死を受け入れるためには、どんな知恵をつければいいのか。この本は読者にむけての処方箋であると同時に、私自身へむけての覚悟でもあるのです。
 また「あとがき」にはこう書かれている。
 「死ぬための教養」は、百人いれば百通りが必要であって、それは各自ひとりひとりが身につけていくしかない。幸い、先人たちには、死についての深い考察をなした人がいて、そういった識者の本を吟味熟読して読み、自分なりに納得するしかないのだ。
 これらの文句とタイトルに惹かれ、本書を読んでみた。が、期待はずれだった。続きを読む
2006年08月14日

お江戸でござる / 杉浦日向子 [読書日記]

お江戸でござるお江戸でござる
杉浦日向子

文庫本, 新潮社, 2006/06

 朝、TVのニュースで、東京、千葉、そして神奈川の一部で大規模な停電があったことを知る。ほどなくして徐々に復旧したようだが、鉄道が止まったり、エレベーターに閉じ込められる人があったりと、各地で多くの人の足が乱れ、事故が相次いだそうだ。ちなみに佐吉はさいたま市在住で、今週は夏休みで自宅にいたので、その影響は受けていない。

 夜になって、TVニュースでその経緯が詳しく報じられた。それを見て、都市機能がいかに電気に依存しているか、その電力供給がいかに複雑で、同時にいかに脆いものかを、あらためて知った。それでもお盆で都内に人が少なかったことが、多少なりとも幸いしたらしいが、これがもし普段の平日だったら、気温の最も高い昼の時間帯だったら、夜だったら、雨の日だったら、あるいは某東京ビッグサイトで某巨大イベントが催されていた昨日だったら…と想像すると、思わずぞっとしてしまう。続きを読む
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