2008年01月31日

藤沢周平のツボ 至福の読書案内 / 朝日新聞週刊百科編集部編 [読書日記]

藤沢周平のツボ 至福の読書案内藤沢周平のツボ 至福の読書案内
朝日新聞週刊百科編集部編
文庫本, 朝日新聞社, 2007/12

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 NHK BS に「わたしの藤沢周平」という番組がある。毎回ひとつの藤沢作品を取り上げ、その作品世界を紹介するとともに、各界から招かれた一人のゲストが、その作品への思い入れを熱く語るというものである。佐吉も何度か見たことがある。

 しかし考えてみれば、こんな番組が成り立つ作家はそうはいない。むろん一般にも各界の著名人にも、多くの愛読者がいる作家でなければならないことは云うまでもないが、だからと云って、人気作家なら誰でもいいというわけではない。いくら多くの読者に愛されている作家でも、皆が異口同音に賞賛するだけなら、毎回同じような話になってしまい、番組が続かない。

 そうしてみると、藤沢周平という人物は、多くの人々の心の琴線に触れ、なおかつそのそれぞれに、違った音色を響かせる作家だと云うことはできないだろうか。「わたしの藤沢周平」と番組のタイトルにもあるとおり、藤沢作品の読者は、それをひとつの個人的体験と捉えることによって、つまりそこに自分自身の人生を重ね合わせることによって、一人ひとりが違った感銘を受けるのかもしれない。そしてそれゆえに、今なお多くの読者が藤沢作品に惹かれるのかもしれない。続きを読む


2007年05月16日

ある共通項 -読書論を読む- [読書日記]

読書の腕前読書の腕前
岡崎武志
新書, 光文社, 2007/03

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 先の大型連休中とその前後、読書論、読書エッセイを何冊かまとめて読んだ。世に読書論や読書エッセイは山ほどあって、一冊読むとつい他のも読みたくなる。そうして連鎖的に読んだのである。読んだのは岡崎武志の『読書の腕前』(光文社)、永江朗の『恥ずかしい読書』(ポプラ社)、そして井上ひさしの『本の運命』(文藝春秋)である。

 いずれも、実践的な読書の仕方を指南したハウツー本ではなく、それぞれがそれぞれの読書生活を振り返ったエッセイの構えである。とは云え、どれにも少しはハウツー的なくだりがある。今どきこういう本は、そうした部分がなければ売れないのだろう。そうしたハウツー的な記述に、少なからず共通したところが見られるのもまた面白い。

恥ずかしい読書恥ずかしい読書
永江朗
単行本, ポプラ社, 2004/12

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 読書の好きな人は、常に面白い本と出会いたいと願っている。では、そうするにはどうすればいいか。もちろん情報収集の手段はさまざまあるが、一番確実なのは、信頼のおける読み手に、本の探し方についてのヒントを求めたり、ずばりおすすめの本を紹介してもらったりすることである。こういう読書論や読書エッセイを読むのももちろんそのためだ。いきおいこうした本で、それぞれが深い感銘を受けた本を、思い入れたっぷりに紹介したくだりを読むと、自分もそれを読みたい、読もう、読まなきゃ、という気になる。続きを読む


2007年04月22日

裁判官の爆笑お言葉集 / 長嶺超輝 [読書日記]

裁判官の爆笑お言葉集裁判官の爆笑お言葉集
長嶺超輝
新書, 幻冬舎, 2007/03

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 前回の記事に続いて裁判ネタの本をもう1冊。こちらは新書で、長嶺超輝の『裁判官の爆笑お言葉集』。売れているらしく、佐吉がいつも立ち寄るS新都心のK書店では、入口近くのワゴンに大量に平積みされていた。

 広い意味ではいずれも裁判の傍聴記なのだが、先の記事で体験記のようだと評した『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』とは対照的に、こちらは、裁判における裁判官の印象的な一言を切り取り、それぞれにコラム形式の解説を加えた裁判官語録集である。裁判官に焦点を絞り、彼らの裁量や、判決文には表せない正直な心情を、それぞれの発言に集約させたものである。

 著者の長嶺は、法学部を卒業後、弁護士を志すも司法試験に7度失敗、やむなくライターに身を転じたという経歴の持ち主である。しかしそれだけに、長嶺は日本の司法の現状にも詳しく、本書では民主主義国家における裁判のあり方を考察しつつ、その杓子定規な制度の中にふと垣間見る、裁判官の生身の人間としての一面に目を向けている。タイトルにこそ「爆笑」の文字があるが、本書で紹介されている「お言葉」は、必ずしも笑い飛ばしておしまいというものばかりではない。続きを読む


2006年09月11日

成功する読書日記 / 鹿島茂 [読書日記]

成功する読書日記成功する読書日記
鹿島茂
単行本, 文藝春秋, 2002/10

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 あるいはタイトルから、「こうすれば必ず出世する」とか「オレはこうして成功した」とかいった、ビジネス書や生き方指南書の類を想像された方もいらっしゃるかもしれない。が、そうではない。本書は、1998年から2001年にかけて雑誌『週刊文春』に連載された著者の「私の読書日記」を収録し、あわせて読書日記をつけることを通して読書をより充実したものにする方法を説いたものである。著者は、フランス文学者にして翻訳家、エッセイストとしても知られる鹿島茂。彼の「読書日記」で紹介されている書籍も、ほとんどが人文系のそれである。

 さて、佐吉がこのブログを開設してから一年半になる。更新は平均して月に数回という怠慢きわまりないブログだが、それでも佐吉は佐吉なりに、さまざまな書籍について、書評(と自分では思っているもの)や雑感やその書籍に関連した身辺雑記などを書き散らしてきた。本を読んで何かしら感じるところがあれば、それを誰かに伝えたいと思う。しかしいざそれを実行しようとすると、今に至るも何をどう書いたら良いのかさっぱりわからない。わからないままに佐吉はこうして駄文を晒し続けている。だからいきおい書店でもこうしたタイトルに目が行く。そうして見つけたこの本は、佐吉にとって案外掘り出し物だった。続きを読む


2006年08月31日

和泉式部 人と文学 / 武田早苗 [読書日記]

和泉式部 人と文学和泉式部 人と文学
武田早苗
単行本, 勉誠出版, 2006/07

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 冥きより冥き道にぞ入りぬべき遥かに照らせ山の端の月

 黒髪の乱れも知らずうち臥せばまづかきやりし人ぞ恋しき

 とどめおきて誰をあはれと思ひけん子はまさるらん子はまさりけり

 狂おしいまでの恋の哀歓や、この世の無常、あるいは己が内なる心の闇を直截に詠んだ和泉式部の歌は、千年の時を経てなお読む者の魂を激しく揺さぶる。現代においても彼女の歌に惹かれる人は決して少なくない。稀代の大歌人、いや、日本文学史上最高と云っていいだろうこの歌人について、松岡正剛はこんなふうに語っている。
 こんな歌人はざらにはいない。わかりやすく一言でいえば、与謝野晶子は和泉式部なのだ。(中略)晶子ばかりではない。樋口一葉も山川登美子も、生方たつゑも円地文子も馬場あき子も、和泉式部だった。きっと岡本かの子も瀬戸内寂聴も俵万智も、ユーミンも中島みゆきも椎名林檎も、“その後の和泉式部”なのである。恋を歌った日本人の女性で和泉式部を詠嘆できない者がいるとはぼくには思えない。
 『和泉式部 人と文学』を読む。勉誠出版の『日本の作家100人』という評伝のシリーズの一冊である。続きを読む



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